ロシア軍唯一の日本人義勇兵が明かす「最激戦地・アウディーイウカ」で体験した「地獄の突撃作戦」 | ランゴワンの地図

ランゴワンの地図

 2009年の8月、家の仏壇の引き出しから一枚の古地図を発見しました。地図の中央付近には、「ランゴワン」という地名が記してありネットで検索してみると、1942年1月11日、旧日本軍が初めて落下傘による降下作戦を行った、インドネシアの村の名前でした。

重傷を負った金子氏

 

 

週刊現代 2024.08.24

 

「現在、私はウクライナ東部の激戦地で戦闘に参加しています。現地の日照時間は長く、朝3時頃から夜9時頃まで明るい。日中の気温は38度にもなるため、蝿や蚊が大量発生して補給のパンにウジがわき、その部分をナイフで切り取って食べています。

 戦火により周囲の民家は廃墟と化し、草木もほとんど生えない。そんな茶色い世界に我々ロシア軍とウクライナ軍は塹壕を築き、300mほどを隔てて向かい合っている。いつ攻撃が来るかわからないので熟睡はできず、1時間ごとに無線で安否と状況の報告をすることも義務付けられている。戦地から出て休息できるのは月に一度で、それも1日だけ。そのときに、近くの池で1ヵ月の汗を流しています」

 

 

 

 

 

 私は外飲み行きますが、興味深い記事ですよ。

 

https://tamurasoubi.co.jp/tamura/

 

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