こんばんは!
8月に入りましたが,暑い日が続いていますね…
熱中症も大変ではありますが,一方で5類に引き下がったコロナも流行しつつあるようです。
身の回りに感染者がいると少し実感がわきます・・・
以前のような極端な行動制限はないと思いますが,いずれにせよ昔から言われている手洗い・うがいの徹底を常に行うことが必要なのかなと感じる次第です。
さて,今日は休憩時間にニュースをブラウジングしていたところ気になる記事を見つけました。なお,以下は個人的な感想ですので,記事の内容について善悪を主張するものではないです_(._.)_
「推し活」という言葉は結構前から耳にするようになりましたが,本質的には昭和期から存在するアイドルを応援する活動とさして変わらないかなと思います。推し活について詳しい方はご教示ください。
この記事は現実を調査したものだと思うのですが,何となく疑問が生じている私です。
この記事は,解釈次第では
・就職活動をすることは大人への入り口
・「推し活」は子どものもので,いつか抜けないといけない
と捉える可能性もあると思います。
もちろん何かの決意として,「推し活」を卒業するという立場はあり得ると思いますが,それは必ずしも真であるとは考えられないなと感じます。
昔流行した「いちご白書をもう一度」の「就職が決まって髪を切ってきたとき~」と同じような構造のように思えました。
「推し活」は捉え方次第ではファンのアーティストのCDを買ったり,ライブに行ったり,ディナーショーに参加したりすることも内包していると判断できます。
この記事の「推し活」は自分の時間,金銭の大半を「推し」に捧げるというかなり集合の一部分に限定した例を示しており,広義の「推し活」すべてが就活を期に卒業するものとは捉えるべきではないと思います。
もちろん記事をしっかり読んだら,極端な「推し活」に限定していると認識はできます。
しかし,記事をしっかり読まずにいると「推し活って子どもっぽいのか,じゃあ就職したら卒業すべしなのか」と捉えてしまうように思います。
学生時代は時間がたくさんあるもののお金はあまりない,一方で就職したらお金が得られるが時間が無くなる,その得られたお金を限られた時間に投資して「推し活」をするという人がいてもいのではないかと思います。
もちろん得られた給料を税金も納めず,生活費も犠牲にして「推し活」にすべて投資するというのはダメだと思います。
どこまでの「推し活」が適切かというのも個人で決めて良いのかなとは思えますが…
近年多様性というワードがキーになっているように個人レベルの趣味の領域は社会的に規定しなくてもいいのかなと思います。
「20歳を超えたらこうすべき」,「アイドルを応援するよりも現実の恋人を作るべき」のような「べき」論は現代にはそぐわないのでは感じます(*_*)
もちろん何もかもを許容するのは弊害もあるのかもしれませんが,「推し活」という言葉すべてを内包するものを卒業の対象にする必要もないと思えます。
応援する何かや打ち込める趣味を社会人のときにもっておくと心のよりどころになったという実体験も踏まえて,この記事はあくまでそういった層もいるということで,義務を果たすという前提さえ守るという条件があれば自分自身が同様にそうすべきと考えなくてもよいと就職を控えた学生には伝えたいです。
(推し活のために会社を何度も無断欠勤するなどの社会人としての義務を果たさないというのは違う問題だとは思いますし,記事で紹介されているようにかなりの所持金を投資するというのも難しいところではありますが…)
少し主観が入りすぎた感想になったと思いますが,また推し活などについては実態等も詳しく調査できたらと思います!
今日は麻雀の日!
賭けに勝ったことある?
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賭け事はあまりしない主義です。そして,ものによりますが期待値を計算してしまいます。
最後まで読んでいただきありがとうございました(^^)/

