
たまには、真面目な話を考えたり、残しておくのも大事だと思うから、
すこし照れくさいけど 書くね( *`ω´)w
とっても長いから、読むのはあたしだけでいいです♪www
いま読んでる本で、ある看護部長さんがこう書いてるの。
「あなたの看護のルーツとなった患者さんは、誰ですか?」って。
その看護部長さんのルーツは、師長になったころ病棟におられた、ALS(筋萎縮性側索硬化症)の患者さん。ALSとは、意識はずっとはっきりしているのに、体中が動かなくなって、最期呼吸筋がやられて、呼吸できなくなって亡くなる難病です。
呼吸器をつければ生きられるけれど、有用な治療法はなく、
機械に生かされ自由のない日々…があります。
その患者さんが、文字盤を目で追って会話されるのですが、いつも「死にたい」と言われたり
ズバズバと物を言う方で、新人ナースには「あなたの吸引は下手」と言って、病棟ナースは対応に悩んでいたそうです。
ある日、一人のナースの案でその方に俳句を作ってもらうよう提案したら、「こまねずみ よくぞ働く 南8」と。南8病棟、つまりナースのことを詠んだ歌だと。まさかそんな歌を詠んでくれるなんて。ナース達は驚いたそうです。
それからも患者さんは俳句を作られ、徐々に死にたいと言わなくなったそうです。気心の知れたひとりのナースが「今、どんな気持ちですか」と聞いたら「自分の病気は不幸だけれど、いつか治ると思う。つらくても生きていたい。みんな良くしてくれる」と言われたそうです。
このお話を読んで、改めて、患者さんの気持ちの受容、コミュニケーションの大切さを感じました。
そして、私のルーツ、忘れられない患者さんはだれかなと考えたとき、たくさんおられますが、
とくにおふたり、上がってきました。
ひとりめは、ナースになってはじめて配属された消化器病等の患者さん。
ここは癌の末期の方が多く、毎週何人かずつ亡くなられていく病棟でした。
肝癌の方なんて、全身茶色になり手足はガリガリ、お腹は腹水でパンパンになり亡くなられます。亡くなったお身体を拭くと、タオルが黄色く染まります。
つらい雰囲気の立ち込める病棟でした。
先輩方は執拗にキツく、私たち1年生はいじめられました。私は容量が悪かったのと、
直属の「お姉さんナース」が病棟の裏ボスだったせいもあり、特にいじめがきつく、
6月、手を事故で怪我して復帰後からいじめられはじめ、
7月には保清(患者さんの体拭き)とバイタル測定(血圧測定など)はしなくていいからと、環境整備以外は詰所に立たされていて、
8月にはついに環境整備すらさせてもらえず、朝から晩まで詰所に立つのみでした。
夜勤では休憩には入れないので、トイレの手洗いの水を手ですくって飲みました。
同期のみかちゃんもそうでした。
「あした病棟に行くより、いま死んだほうが早いよ。」と彼氏(後の元ダンナ)にちから無く笑うと、彼氏が無力さに耐え切れず扇風機の頭を蹴り、扇風機がもげたのが恐くて泣いた夜もありました。あの頃は本当に辛かった。
そんな時に、ひとりの患者さんが退院されることになりました。胃癌の末期の方で、もう進行が食い止められないので、治療を諦め、おうちに帰られるのです。そんな治療の選択があることをはじめて知り、何とも言えない気持ちになりました。
優しいおじさんと、付き添いの優しい奥さん。退院の前日に奥さんが私を呼んで、こっそり包装紙に包んだハンカチを下さりました。「いつも良くしてくれて、ありがとうね。これ、あの人から。」病棟では物は受け取らないようにと言われていましたので、私はびっくりして頑なにお断りしました。それに、ちょうど、何もさせてもらえなくなっていって、詰所に立ち始めた時期でした。毎日の単調な血圧測定くらいしか、していないのに…。そんなものをいただけるのが、申し訳なくて辛く思いました。
でも奥さんは「あのひとは、あなたたち新人さんを見たら元気が出るから。いつも良くしてくれてありがとう。立派な、看護師さんになってね。」と
最期の言葉が胸に突き刺さって、出たら止まらないだろう涙ががまんできなくて、結局ハンカチの包みをポケットに隠しておじきをして、逃げるように去りました。
思えば、それからどんなにつらくても、看護師を辞めたいという考えに至ることは一度もありませんでした。もしかしたらあの言葉が、魔力のように私を縛っていてくれてるのかも、非現実的ですがそんな気もします。
もうひとりの患者さんは、そのあと、配置替えしてもらった療養病棟の患者さんです。
療養病棟は病状の落ち着いた患者さんが、退院までリハビリをされたり、施設の空き待ちをしたりします。治療はほとんど行いません。ここでも、意地の悪いお局さんナースや介護士さんがいましたが、直属のお姉さんナースがとても優しく、指導を惜しまない方で、また患者さんをたいせつにたいせつに考えられる方で、とても支えになっていただきました。
三年目で初めて受け持ち患者さんを持たせていただいた頃、担当したのがその患者さんで、
その方は悪性リンパ腫(血液の癌)で、病状が落ち着いて来られたので療養病床で療養されていました。
悪性リンパ種は感染が命取りです。風邪などにもとても気を使われます。いつも付き添いの奥さんが持参された消毒ジェルで手指消毒されてました。また、きっちりされた方で、採血の白血球の値を毎採血ごとに気にされている、そんな方でした。
いつも私が部屋に来たら「お、特急はるかがきた♪」と笑顔。特急はるかというのは関空特急の電車です。白くてキレイな車体。私の名前がはるかだから親しみを込めてそんな風に呼んでくださっていました。休みの次の日は「昨日は特急はるか運休してたから寂しかったよ。」なんて言って笑って下さりました。
調子が良くなってきた冬のある日、白血球の数値もいいのでシャワー浴許可が出ました。
私の介助でシャワー浴を行ったのですが、浴室を温めるのを忘れてしまい… また
不自由な体ではじめてのシャワー…。私の介助も力量不足で、手間取ってしまいました。
患者さんはとても気持ちよかったと言ってくださいましたが、その日から少し風邪気味になられ
だんだん体調が優れなくなって、もうシャワーも出来なくなってしまいました。
そして病気が進行していき、患者さんは動くこともままならなくなり、遂に療養病棟から急性期へ転棟となりました。
わたしは何度もお見舞いに行きました。口には出さないけれど、シャワーのことが頭から離れなかった。怖かった。だいすきなこの患者さんの命を奪ってしまうのは、あたしではないのかって…。お見舞いに行くたび、ボロボロの身体がしんどいのに「特急はるかや」って笑顔を見せてくれる患者さんが辛かった。
そして亡くなられたとき、ちょうど勤務日で、その病棟のナースさんが呼んでくれました。
体を拭いている時、お尻も背中もかりかりに痩せて、真っ白で、奥さんが持参されたスーツはぶかぶかでした。
もう特急はるかって、呼んでくれないんだなぁと思いました。
(…関空特急はるか、いまでも私は大好きで、見るたびになぜか元気が出ます。
辛かったあの頃も、そしてひとりになり引っ越した今も、歩いて通勤する道で はるかとすれ違います。)
ほかにも、たくさんの忘れられない患者さんたちがおられます。
思い返すときりがないですが、みんな共通して言えることは、
患者さんたちは、とても優しいということです。
自分はつらい立場におられるのに、下手をしたら自分のいのちのゴールが見えているのに
こんな 1(いち)ナースのことを 心から気にかけてくださる。
わたしは、戴いたそのきもち、同じように、返せてるだろうか…。
と、そう考えて「そういえば、いまの病棟の患者さんは そうでもないな…。
看護師に優しい患者なんてあんまおらんな…w」と思いました。
認知症等の関係もありますが…。
と考えて、いや、それだけじゃないわと思いました。あたしが変わってしまったんだ。
昔の 優しい心で接せれてないんだ いま。きっと。
今日こうやって色々考えてみたのもきっかけがあって、
いま私はなんとなく「えらいさんになりたいねん(*´∀`)w」という夢があって、
今年の春になるまで、考えてもみなかった夢。そんなことを考えるような環境じゃなかったんやけど、今はステップアップのためにいろいろ教えてくださる上司にめぐまれて、だから初めてそんなことを思えて、
その夢のために、いま色々な本を読んでいて、
今読んでいる本は、いろんな病院の看護部長さんたち(病院の看護師でいちばんえらいひと)が
いかにして、ピンチを乗り越え、看護部長になったかを書いておられる本を読んでるんです。
その本を読むまでは、組織管理の大変さなどを書かれてるんだと思っていました。
でも、たしかにそれも書かれていましたが、それ以上に
上に立つ人は、本当に患者さんを誰よりもたいせつにできる人なんだ、って目からうろこが落ちたんです。
私は効率的に仕事を回すこと、勤務時間を有効に動くことを優先して勤務してしまいます。
患者さんとゆっくり話してあげる時間はない…。
でも、どれだけ時間がかかっても 惜しみなく患者さんと関わるたいせつさを、いろんな部長さんたちが生き生きと説いておられました。
(もしかしたら、そこが出来るひと、だから、部長になれるのかもしれません!)
だから、私も、私のルーツ、初心を思い出して、
もっと患者さんに寄り添える看護をしたい、しようって今日思って、書きました。
今までの私は、
男の子に恋して一生懸命になったり、バンドがすきでいろんなバンドマンやお客さんと仲良くなって自分オリジナルのイベントをしたり。
「仕事は おまんまを食べるためにしとるのですw」って言ってたのに。
今は、仕事が一番楽しい。
つらいことも勿論あるけど、それ以上にやり甲斐がある。自分の成長にいちばん未来があって面白い。
もう結婚もしないし、もっともっとデキル自分になって、もっともっと看護で「嬉しい」きもちを味わえたら、もっともっと楽しい人生にできるって思います。
だから、もっと勉強したい。
もっと、いろんなひとと話をして、視野を広げたい。
なんか偉そうなことばかり書きましたが、なんかいまそんな気持ちで毎日楽しいです。
∧__∧
(*´∀` )
( O┬O
≡◎-ヽJ┴◎.
おまけ。たくさんのパワーに溢れててだいすきな初音ミクちゃんのCMを。
機械に歌を歌わせるソフト、ボーカロイド。いろんなひとが歌を作る。歌わせる。絵を描く。コラボして動画を作る。まねして歌ってみる。踊ってみる。演奏してみる。コスプレする。アレンジする。ほかの映像作品に音楽を使う。
知らない、顔も見たこともないひと同士がだよ?そして気持ちはつながる。感動は広がっていく。世界は繋がる。そんなCM。
カンヌで銅賞をとったんだって。これ。
なんかパワーがあるんよね ミクは。












