以前、ヒーリングについて聞かれたことが有り、「私は“つまらな系スピリチュアル”ですから、よくわかりません。」と答えた。
何かヒーリング効果があるとか、幸せを引き寄せるとか、まあ、そういうことがあるから多くの人はスピリチュアルが好きなのだろう。
昔、クリシュナムルティ師の朗読会に参加したことがある。
そのときのテキストが「自我の終焉」という本で、師の本の中ではわかり易い内容だった。
前から参加しているらしい人が、
「母親が、こんな本読んでも一文の得にもならないって言うんですよね。」と言った。
どうやらお母さんは宗教的なことが嫌いではないのだが、クリシュナムルティ師の本に関しては低評価だったらしい。
それもそのはず、この本を読んでも、たしかに一文の得にもならない・・・どころか返って貧乏になってしまうかもしれない。
誠実に生きるということは世間の富にも世間の幸せにも繋がらないに違いない。
そんな本を読むよりも、○○先生の幸せになる法とか、○○老師の不思議に儲かる祈り方とかを読んだほうがいいに違いない。
「おまけ付き」のスピリチュアルは、俗世の考えと少しも変わらない。第二の俗世に過ぎない。
お釈迦様が「この世もあの世も共に捨てる」とおっしゃったように、形あるものに期待を持ってはいけない。
とはいえ、「つまらな系スピリチュアル」は、何もいいことがないので、続けるのが困難だ。
しかし、多少の効能はある。
瞑想をしても幸せにはならない。ただ、不幸に耐えられるようにはなる。
真我探求には実感として一つだけ明らかな効能がある。肉体的欲望が減ることだ。
しかし、いずれにしても、一文の得にもならない。
世界はどうしてこうなのか?自分はどうしてこう有らねばならないのか?という疑問を持ち続ける者だけが、つまらな系スピリチュアルを続けることができる。
