今朝瞑想をしていたら、今見た夢の内容を思い出した。



夢の内容はこんなところだ。


私が、多分仕事上関係のある親父さんの所へ行き、その娘の離婚相談をするというような設定である。


結局、離婚してしまえという話しで終結したらしいのだが、何故か私はその家に泊まることになった。


で、何故か知らないが、その娘と同じ部屋に寝ることになった。


十畳間を二つ解放したような大きな部屋で、お互い両角に寝ているので、初めは何とも思わなかったが、


次第に、これは親父さんが、二人仲良くなってしまえと画策したことではないか?などと思い始めた。


娘は色っぽくもないが、魅力がないわけでもない。


ただ、仕事上のお付き合いだから、これまでそんなことを考えたことが無かっただけだ。


話ができないような緊張した関係でもない。


こんな時、多分、ちょっとカマをかけて、情報を引き出すのが、元来の私の常套手段なのだろうが、何故かそうしなかった。


私には経済力が無いし、将来も無い、だから考えるだけ無駄だ。


私が今真面目に取り組んでいるのは真我探究くらいじゃないか。


で、しばらく後に、ぷらっと外へ出て、帰途についた。



まあ、それだけの話なのだが、性欲を克服するというのは、男にとって大変なことなのだ。


以前、ジョーゼフ・キャンベルの神話の力をテレビで見たのだが、その際、確か怪獣を退治した英雄の話があって、実は怪獣退治の前に、女性からの求愛を拒んだところが、勝利を暗示しているのだと聞いたような気がする。


どういうことか今一つわからなかったのだが、今日の夢で実感としてわかったような気がする。


ストイックであることには意味がない。それはいずれ失敗するだろう。


より本源的な目標を持つことによって、他の欲望はおのずと制御される。



もう一つ、思考が感情や欲望を助長するということ。


「あのバカが!」と思うことによって、怒りが倍増する。


「私の方が上手なのに!」と思うことによって、屈辱感が倍増する。



言葉を脳に生じさせないことが大事だ。


その為には意識を何か一点に集中させておけばいい。


一番いいのは、やはり「我」という意識を常に保つことだろう。



まだまだ未熟だから、「我」に意識を置いている、あるいは「我」である状態を保持しようとしながらも、思考は湧いてくる。


ただ、この時の思考は根無し草のように力がなく、どこか他人事のようであり、そこから発展することもない。