人の生死には因果が有るのかどうか?本当にはわからない。
ただ、輪廻転生の説や、エネルギー保存の法則とか・・からすれば、
生命のような何らかのエネルギーが、因や縁により、様々に形を変えながらも・・
続いて行くという推察はできる。
しかし・・肉体という形態においては、様々な病気や災害等による突然の死という・・
特に因果性を感じない唐突な結末も多々ある。
・・それ故に、人は悲しみ・・時にはその人の人生を変えてしまう。
それもまた・・宇宙法則の大きな流れの中の必然でしかないのかもしれないが。。
私は二人の祖母の葬式に参加したが、どちらも95才という高齢だったため、
お坊さんが「おめでたいこと。」と言ったように、深い悲しみは無かった。
26歳の時、バイトの同僚が高所から落下死した。
それを目の当たりにしたので、少なからずショックを受けた。
しかし、当時自分の体のことで自暴自棄になっていて、
頭の片隅で事故死したら楽になれる・・と思っていた私は、
このショックから、「生きる」方向に向き直ったのだった。
昨日、友の告別式に参加し、家族の悲しみを見て、
一見理不尽な中にも何か必然的なものがあるのだと言いたくなったのだが、
もちろんそんなことは言わなかった。
人は生死と悲喜交々を経験し・・
多分初めは闇雲に肉体形態の維持のために努力するのだが、
いずれ、この理不尽な形態の世界から生命そのものを考察するようになり、
終には無形の命を悟って行くのだろう。