この数年前、心の領域では、クリシュナムルティの(無心に)「観る」を再学習しまして、
ネット上で論議したり実践・実験を繰り返しました。
結局、自分がそのレベルでは無いことが判り、それでも自らを問うていると不思議な実感があり、
ラマナ・マハルシの「私は誰か?」を再学習し、ニサルガダッタ・マハラジの「私は在る」を実感すべく
静座を繰り返しました。
身体の改善が難しいなら・・心を滅却して身体を超越してしまえばよいと考えていました。
自分なりに実感しつつあると感じていたのですが、
左足の血行障害が悪化し、不快感に悩まされるようになり、
数分も座れなくなりました。
この道も身体が邪魔をするのかと苛立っていました。
つづく。
誰も苦痛に出会いませんように。