表題はMaroon 5の2010年発表の
アルバム"Hands All Over"から。

毎晩大切な人とおやすみ前に
トークセッションできるのって
ハッピーに感じるし心安らぐし
大切なコトだなって思いますね。

なんていえばいいのでしょうか、
一日が心地よくクローズしてゆく
心が柔らかい風のシャワーでも
浴びてる感覚になるといいますか、
満ち足りた気持ちになります。

ベッドでダランとしながらだったり
フローリングの床に座り込んで
ワイン呑んだりしながら自然に
眠りがくるまで話しちゃうんすけど
ホント何気ないことかもしれないけど
一緒に暮らしてたり毎日会えたり
実際の存在を常に感じられる環境なら
こんな風に感じる人少ないのかも
しれないですけどそれが毎日の中で
とても心の特別な場所にあることを
知るんですね。

僕はとても使いたがらない嫌いな
言葉というか感覚が一つあります。
価値観、という言葉です。
自分にはあまり良い響きを感じる
言葉ではないからです。
人が一人として自分とまったく
同じでないように感覚や観点も
まったく同じ人は居ないでしょう。
言葉自体必要なく思えて。
男と女の話でも世の中ではよく
耳にすることがあります。
価値観が合わないから一緒になれない。
価値観の合う人が理想です、と。
他人に求めてどうしたいのです、と
僕は思っちゃうんです。

この人とどんなことがあっても
やってゆける、と思えるのと
価値観が合う人と出会わないと
できない、と思えるのは
およそ真逆の感覚だと思うんです。
世の中でいう価値観なんて
コンピュータの上でたくさんの
キーワードを作って選んでもらえば
いくらでもマッチングできます。
それ自体がゲームみたいなもので。
他人を見ようとする気持ちより
自分の価値観の色眼鏡で見るのは
大抵ロクなコトが起きないものです。
それでもそうしたいと感じる人が
世の中に多いということでしょうか。

少し前に大切な人にこう話した
コトがあります。
貴女は完璧だよ、と。
彼女は言いました。
私は完璧ではないわよ、と。
僕は返しました。
いや、完璧でないことが完璧だよ、と。
このように思えるだけでいいのです。

いくらでも話したくなる、
朝目覚めてベッドから出たくないと
思わせてくれる気持ちや優しさを
届けてくれる以上に多くの感覚を
オーダーする必要もないのです。
そう感じ感じさせてくれる
自分と相手にお互い喜ばないと!
その相手と何でもできるさと
思えばきっとやるものなんですよ!

Candyからの投稿