必要悪と不要善の観点から
Candyからの投稿
一つ私見を述べます。
わかり易いのは環境保護の
話でしょうね、例として。
平地で人口を吸収不能が
近づいた街があったとして
近隣の山地を切り崩して
ニュータウンを作るんだ、と
なったとします。
正義感だけからしか感じない
人間は山を破壊することに
特化して非難しようとします。
人間は自然破壊はダメだと。
しかし人間は圧倒的な力を
備えた自然を考えのベースに
することは危険だし
生きてはゆけないことが
抜けてしまうのです。
歴史から人間は自然はとても
素晴らしいと同時に無慈悲な
存在とも知っています。
人間はなまじっか理性という
ものと引き換えのように
動物たちが持つような瞬間的な
危機回避能力や身体能力が
ない生物です。
だからこそ自然に抗えない
能力を補い生命を守ろうと
道を作り街を作り生物として
社会という群れとして
向き合っているわけでしょう。
不必要で悪いものと一概には
いえないわけです。
先人が地球という星の中で
星の寿命と比べれば余りに
ちっぽけな寿命しかない
生物である人間が生きた証を
残すために工夫してきた
ゆえの私達なのですから。
正義感だけの人やインテリや
不自然な清純さのある人は
思想が極端で過激なんです。
もしホントに環境保護に対し
心か意思がある人ならば
先ずネットで意見するような
環境ではなくターザンのように
自然で野生に同化しながら
社会など知らずに生き続けて
いるはずですから。
社会というコミュニティに
属した人間ならば、やり過ぎは
いけないけど、自然も上手に
向き合いながら人間の限界で
守れるようにはしましょう、と
言えればいいじゃないの、
という感覚の人間です。
だって自然破壊反対って
正義感の人がファッション
好きだとかグルメ好きならば
ポリシーにまったく何にも
リアリティないでしょう?
ということは正義面から
声高に叫ぶだけの人ならば
それは何かの自分が抱える
不満やストレスをただ単に
大義名分にすり替えている、と
判断されて仕方ないわけで
ピュアではないわけです。
こういう部分が不要善だと
僕は思ってしまいますね。
モノゴトの本質を知るには
必ず二つの両極端な視点が
必要です。
それに真っ直ぐ見る線の
存在だけでなく斜めに見る
線の存在を理解することも。
大きな正義感の前に
自分の精神に対してだけでも
しっかり責任持てるならば
僕はそれで充分と思います。
せめてそれくらいは、
という意味でもね!
個人的な精神はネガティブが
少ない方がいいですからね!
Candyからの投稿