卒業後、★はサービス業を極め、まれにしか居ない若年のソムリエを取るため東京のレストランへと就職をした![]()
そして私は、経営学と一番やりたくのなかった営業を学ぶため、飛び込みの訪問販売の仕事をすることとなった。。。ヽ(;´ω`)ノ
卒業後再び再会するまでの約一年間、私たちは想像以上の怒涛の毎日を過ごすことになるとは知らずに
安い給料の上、休みもなく夜どうしマネキンのように働かせられた★は、当時の恋愛事情も生憎の嵐模様で・・
(´_`。)
精神的にも体力的にも余裕がなく、絶望と孤独感の極限にいた
一方の私も、朝から晩までフィールドを駆けずり回り、勉強、勉強、マネジメント見習いの日々![]()
雨の日も雪の日も嵐の日も溶けそうな夏の日も。。。足が壊れて歩けなくなるまで働いてました
ま、早い話がこのあと私たちがどうなったかは詳しく話すのはオッパッピーな話で
言うまでもなく心身共にズタズタになっておかあしゃんの居るふるしゃとへ帰ることになったんだな
おむすびおいしんだな(●´ω`●)ゞ![]()
オムスビコロリン
まだ二十歳そこそこだったのに私たちは同じ感覚を味わっていた
何かに追われているような
常に焦っていた
周りがまだ二十歳なんだから まだ若いんだからと言われるたびに
心の中でどこか腹ただしさと、反抗心を抱いていた
前に進みたくて
同年代の子たちよりも経験値を積みたくて
多分一番は自分に負けたくなくて
その時は誰に何を言われようと、妥協に耳をかさないくらい毎日無我夢中でした。。ヽ(;´Д`)ノ
《限界》って誰が決めるの?
自分が決めるんだよ
だから自分で限界だなんて決めたくなかった
だけど心のバロメーターはもう警報を鳴らしているのを感じた・・・・・![]()
仕事を始めて次の年の夏、私は病院送りになり仕事を辞めた![]()
続くその秋口、★も同様救急車にお世話になり地元へ帰った![]()
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極限まで無理をして頑張りすぎるとどうなるか、身をもって私たちは知った
こうなった(笑笑)
でも後悔はしていない
人生80分の1
大きな財産となった(*゚ー゚)ゞ![]()
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