30前半社会人の日記帳

30前半社会人の日記帳

社会不適合者が幸せになれるまでの記録

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僕は男だ。

しかも30を過ぎている。

 

そんな僕が何故二重整形などという多分一般的にいい年こいた男がしたら気持ち悪がられるようなことをしたか?

 

まず、実は今回は二回目である。

僕は生まれつき片方の目だけが一重だった。

それがずっとコンプレックスだった。

だから数年前、もう片方を埋没法で二重にした。

 

その時はやって良かったと思った。

術後しばらくは腫れたものの、結果的に両目とも左右対称のようになれてコンプレックスが解消したからだ。

僕は仕事をしているから、腫れている間仕事をやり過ごすのは確かに大変だった。

ふちの目立つ眼鏡をかけて、腫れて幅が広くなりすぎた二重はアイプチで狭くして目立たないようにした。

それでも普通の目とはかけ離れてたと思うし、多分バレてたか、変に思われてたかもしれない。

何も言われなかったけど。

で、数日ほど耐えたら腫れも引いて結果オーライということになった。

 

で、今回。

なんか前回とラインが違う気がする。

あまりに幅広い。

もう片方と同じようにしてと言ったのに、腫れてるときは幅が広くなるとはいえ、ラインの位置を見比べても、やった側の目のほうが広い気がする。。

 

とにかくあと2日で仕事が始まるのにとても職場に行ける状態ではない。

腫れない方法で3日で治ると言われてたがこの調子ではどうしようもない。

思った以上に腫れたりすることを想定できない僕が馬鹿だった。

 

だが、今回何よりも痛感したことがある。

それは「片方一重だっていいじゃん」ということである。

男はそのくらいのことを気にしなくて良い、と。

こんな当たり前のことを今さら悟ってしまった。

 

実はクリニックに行く前に鏡を見たとき、人生で初めてとも言っていいくらい、片方一重の本来の自分を良いと思えたのだ。

だが、予約を入れてたのでクリニックへ行き、スタッフと話してるうち「やはり片方一重は嫌だとまた思うかもしれない」と思ってしまい予定通りやってしまった。

 

今では激しく後悔している。

何万円もの高い金を払って、腫れて人前に出れない、仕事にも行けない顔になってしまって本当に馬鹿だな、と。

 

なので抜糸して元に戻したいと思いクリニックに電話した。

そしたら案の定「直後は腫れて二重のラインも広めになるのでもう少し様子を見てくれ」と。

「片方なら眼帯をして仕事へ行く手もある」と言われた。

 

だが眼帯はしてみたが不便だ。

視界に立体感が無くなり日常生活に支障をきたす。

それに1週間ほども眼帯をしている理由を何と説明すれば良いのか。

眼帯を外したら二重になってたら、整形だとバレバレだろう。

 

こんなことなら元の一重に戻したい。

手術の前に写真を撮っておいたが、そちらのほうが自然で多くの人が好感を持つように思う(自分で言うのも変だが)。

今までは片方一重の自分がどうしても不細工に見えて許せなかったけど、今では全然そうは思わない。

 

女性はわからないが、男は不快感を感じないほどの容姿であるなら、あとは中身だと思う。

フツメンで十分なのだ。

イケメンでも容姿のことばかり考えてて今回のように整形するような人や、中身のない人に比べたら、フツメンでも中身があり、信頼できる人のほうが絶対に世の中から認められるし、女にもモテるだろう。

こんな当たり前のことを、今さら悟った。

 

男には美容整形は、よほど致命的な不細工さを改善するのでなければ基本的に必要ないと思う。

不快感を抱かれない程度の容姿(不細工でも身だしなみをしっかりすれば大人であれば不快には思われないはず)であれば、あとは中身を磨くのみだ。

芸能人とか、見た目を売りにする職業の者だけがすれば良いものだと思う。

 

今回手痛い出費だったけど、人生の真理に気付けたから意味はある経験だったのかもしれない。。

あとはこの気持ちをいつまでも忘れずに生きていきたい。

 

とりあえず、今すぐ抜糸して元に戻す予約をクリニックに入れようと思う。

後悔ってどうすれば解決できるんだろう。
誰か教えてくれませんか?
ネガティブな記事が続きます。

そう、俺の特徴はとにかくネガティブなことだと思います。
もう18くらいの時から、いや、小学校入学のときに「お前といると笑えないんだよ」と言われた時からすでにそうだったのかもしれません。
確かにその時は子供ながらに、周りのみんなは笑いあってるのに、自分と話す人はあまり笑わないのはなんでだろうな?と思ってました。
なのでこの性格は生まれつきのもので、鬱病のように「心の風邪」と言われるような一過性のものとはまた別物なのではないかと思います。
ちなみに医者では「回避性人格障害」と診断されております。

親の育て方が悪かったのか?
別に僕の親には全く問題がないとは言いませんが、比較的善良で、普通の範囲に入る両親ではないかと思います。
特に母親は自分で言うのも何ですが人格者だと思います。
しかし僕にはきょうだいがおり、そのきょうだいもちょっと普通の人に比べると非リア充かな?と思うので、親の育て方というか家庭環境が原因である可能性もあるのかもしれません。
具体的にどんなことかはわかりませんが。

で、題名の件。
僕の人生で一番多くを占めているのがこの感情かもしれません。
「なんであの時ああしなかったんだろう」「なんであれをやらなかったんだろう」・・・こんなことを今まで思い続け、30になってしまった今、いよいよその思いが強くなっているのです。
何であの時、20の時なり25の時なりに、しておけばよかったと思うことをしなかったか・・・
それは今となってはわかりません。
今その時に戻れればそれをするでしょう。
しかしその時はしようという発想すらなかったか、どうせしても無駄だと思って諦めてたか・・
とにかく今はそんなこと忘れてしまいました。
その時の感情は常に変わるので、その時どんな気持ちだったかなんて覚えていないのです。

なので、30になって、そういう、若い時にしておけばよかったと思うようなことをやり始め、またやろうとしてるわけです。
一言でいうと、やりたいことをやる、リア充的生活を送るよう心掛けているのです。
そんな時にも「もう30なんだよな・・おせーよな」という気持ちが出てきます。
この気持ちはどうすればいいのでしょうか?
本当にリア充的生活が送れるようになり、幸せになれれば、そんな気持ちは吹き飛ぶのでしょうか?
そうであれば言うことはないんですがね。

まあひとつ言えそうなことは、今までやるべきことをやってこなかったということも含めて俺という人間、俺とはそういう人間なのだから、こういう人生を送ったのも必然、もしやるべきことをきちんとやれていたならそれはもはや俺ではない、ということなのかもしれません。
俺である以上、こういう人生を送ってきたのも必然・・・そう考えれば受け入れることができるかもしれません。
ブログを書く
日記のようなものをつけようと思ったので
なので誰も見てなくてもいいし、見てて何か反応があればそれはそれで嬉しい

僕は基本的に鬱状態でして、10年間も薬を飲んでおります。
で、その薬の弊害というか、確かに抗うつ剤というのは憂鬱な気分が和らぐんだけど、なんかそれだけでフワフワした幸福感に包まれて、これで寝てればいいやという気分になり、何もする気がなくなるという状態が僕の場合現れるのです。
それを医者に言っても「やる気が出なくなるのは変だな」と理解してもらえず。
なので、今年前半は思い切って薬を絶ったのです。
そしたら最初のほうはまあまあうまくいってたんですが、最近になってから今までシャットアウトされてたものが突然流れでて来たかのように罪悪感とか焦燥感が襲ってきたのです。
俺今年で30になったんです。
なので今まで何してたんだという、もう後悔の嵐が来てしまい、毎日大学入学時に戻りたいとか、せめて25くらいには戻りたいとか、こんな歳になってしまったらどうしようもないから死にたいとか思うようになり、一人でため込むのは限界で、家族にすら打ち明けるほどになりました。
そして薬を再度飲み始めたわけです。

最初に薬を絶った時も、焦燥感や罪悪感は来ました。
しかし、それは予定通りというか、薬を飲んでた時はそれらがなかったのでこのままでは本当にダメ人間から脱却できないと思い、それらの感情がほしいと思い薬をやめたのです。
で、最初のほうはそれらが適度に作用し、まあまあいい状態だったと。
しかし最近になりどっと押し寄せ精神的に限界になるほど鬱になってしまったと。

で、また薬を飲み始めたと。
そしたらやはり前のように「薬飲んでるだけで楽だから何もしなくていいや」的な無気力状態に陥ってしまいました。
それプラス、自分なんてどうせだめだ的な自己評価の低さは変わらないので、それが無気力に拍車をかけてるように思いました。

なので、好きなコーヒーを飲んでみると、無気力が改善されてハイテンションになってやる気が出て、アルコールを飲むともっとその傾向が強まりました。
今後は薬とコーヒーまたはアルコールの組み合わせで日常生活を営んでいこうかと思っている今の僕です。
もちろん仕事や車に乗るときはコーヒーしか飲めませんがね。

しかし酒を飲んでるときは本当に自分は無敵だなとすら思えます。
全ての悪い感情が吹き飛ぶのです。
酔っぱらってるときの異常なハイテンションはいらないけど、せめてあの時のやる気とか気持ちのポジティブさが一日中ずっと続いてればいいのになと思います。
ついに、やってしまった。
職場であんまりな態度を取ってきた先輩に対し、メールで抗議文を送ってしまった。
本人目の前に言うのがベストなのだろうけど、そのときはお互い仕事中でそんな暇が無かったのと、周りの目もありできなかった。

今までも職場で悪態をつかれたことくらい何度かあるけど、今回は、その先輩の部署の人たちがいる前でめっちゃ馬鹿にされたような言い方をされて恥をかかされた気分になり、我慢の限界を超えてついにこのような行動を起こしてしまった。
今までも先輩に対し、抗議したいと思うような出来事は何度かあったが、大体我慢していた、というか泣き寝入りしていた。
だが、今回ので、もういい加減いいだろう、という気分になった。
吹っ切れたというか。
今まで我慢してきたときは相当ストレスが溜まってたので、自分が悪くも無いのにストレスをためて体を壊したりすることが馬鹿らしくなったってのもある。

抗議メールの内容は、今度同じことをしたらパワハラとしてしかるべき行動に出ます、証拠は常に押さえる準備があります、というものだ。

実際、今回のような件はパワハラに該当すると思う。
でも、現実には、同様のシチュエーションになったとき、世の中のほとんどの社会人は我慢し、泣き寝入りし、またそれが社会人の常識とされてるのではないか。
中には「言われるうちが華だぞ」と逆に説教かましてくる人もいるかもしれない。

でも、俺には無理です。
今日のでわかった。
悪いことされて、抗議することの何が悪い。
職場に何十人も、何百人も人がいるのに、その中の誰とも衝突せず、嫌なことをされても我慢して仲良くしろなんて、無理です、普通に考えて。
それができてる一般の人たちがすごい、というかぶっちゃけ信じられない。
でも俺には無理なんです。
悪いことをされたら、抗議する、敵意のある行動を取られたら、怒る。
こういうことが、人間として当たり前の行動のように思う。
俺はその当たり前の行動を取って生きて行こうと思う。