日光東照宮・森家献納燈籠の謎 | blog.正雅堂

日光東照宮・森家献納燈籠の謎

日光東照宮。華麗なる殿舎にばかり目が行くが、その脇に立つ石燈籠に注目する人は、かなりの歴史ファン。

実はこれ、全国の諸大名が德川家康の菩提を弔うために献納した燈籠なのである。その数121基。上は後水尾天皇の中宮となった東福門院(家康の孫)から、下は外様大名まで、序列に従って整然と並んでいる。


陽明門の内側は東福門院をはじめ、親戚方である親藩大名。

陽明門の外には、譜代大名の燈籠。

その階下に外様大名の燈籠。大大名は門前に、石高が小さくなるほど門から遠ざかって置かれる。


その中で異彩を放つのは伊達政宗が奉納した鉄燈籠。外国通として知られた政宗がポルトガル産の鉄を用いて鋳造させたといわれている。
外様大名の筆頭的立場であった伊達家の燈籠は、陽明門の階段直下に置かれた。燈籠の材質に使われていたのは銅や石であったのが通例で、鉄を用いた例は珍しい。


その比較的近くにあるのが私の先祖・森家の燈籠。美作津山藩主・森忠政が奉献したもので伊達家と共に陽明門下に並ぶ。国主大名という18万石の家格から、やはり重視された位置に据えられている。伊達家同様に対で2基ある。


この森家の燈籠には歴史の変化を見ることが出来る謎がある。


燈籠に刻まれているのは、「藤原朝臣忠政」
森家の出自が藤原氏であることを示している。
ここでは氏を藤原、名字を森ということになる。

ところが現在の森家は清和源氏を称している。つまり氏を源、名字が森である。

その最も古い記録は江戸時代初期の寛永諸家系図伝。この燈籠よりも後の編纂物だ。

ではなぜ藤原氏から源氏へ転じたのか。
その原因は、現存の史料からは読み取ることが出来ない。

だが、こういう推察は出来る。


森家は森可成や森蘭丸に代表されるように、そもそもは織田家の家臣であった。その織田家は、藤原氏の自称を平氏を称してみたりと、コロコロと転じていた。
そういう家の家臣である。系図を見ても森可成以前の人物については記録も薄く、関心度が低いことを考えれば、恐らく森家では元々氏を認識していなかったことが考えられる。


その信長の死後、森家は豊臣秀吉に仕えるようになり、忠政自身も秀吉の家臣となっていた。
天下を掌握した秀吉は百姓出身という強いコンプレックスから、氏姓には強い関心があり、その結果朝廷から源平藤橘以外の「豊臣」氏の下賜を受けた。


何しろ新しい氏である。秀吉は同族を増やすことに躍起となり、多くの家臣へこれを許したのである。

公式な氏を定めていなかったと思われる森家もその一例であり、森忠政は豊臣の氏と羽柴の名字を許され、豊臣政権下では豊臣忠政とか、羽柴右近(右近大夫=忠政の官号)、羽柴金山侍従(金山侍従=金山城主で官位が侍従)を称している。


また、天正13年に出された朝廷からの口宣(朝廷が出す文書)にも豊臣一重(一重=忠政改名前の名)と書かれており、公式に豊臣氏であることが認識されている。


その豊臣家も没落、変わって天下を取った德川家に臣従するに際して忠政は敵視されかねない羽柴の名字と豊臣の氏を廃し、名字を森に戻した。当時の書状を見ると関ヶ原前後まで羽柴の名字が見られるが、江戸幕府が開闢されてからは次第に森へと改められていった。


しかし、豊臣の氏を捨てた森家はどの氏を称していいか分からなかったのだろう。つまり、森家にとって初めて与えられた氏は「豊臣」だったのだと考えられる。


源氏は、天下を掌握した德川家の氏。それと同族を称するのは憚られるとして遠慮し、結果藤原氏になったのではないかと考えるのが私の推測である。


その後、寛永時代に德川幕府が諸大名の家系図・寛永諸家系図伝を編纂するに当たり、森家も系図を提出した。ここで書き込まれたのが、藤原姓ではない、源姓であった。もはや天下は揺るぎのない德川家のものであり、その同族を称しても、睨まれることはないと判断したのだろう。


藤原姓を称する大名家が幾多もあることを考えれば、なぜ無理やりの形で源氏に改めたかは分からないのだけれども。


家康の死から35年後、寛永諸家系図伝が完成してから28年後に没した3代将軍・德川家光が眠る日光大猷院には、忠政の孫・津山藩2代藩主森長継によって銅の燈籠が寄進された。

そこにはシッカリと「源姓森氏長継」と刻まれている。


森家の系図を紐解けば、遠く平安時代の清和天皇に繋がる。怪しいのは百も承知。なにしろ、たった350年前がこの状況である。

忠政の父であり、戦国武将として名を馳せた森可成の近親、せいぜい曽祖父くらいまでが、史実としての系図になるのではないかと私は考えている。


 

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