表千家と裏千家の違い | blog.正雅堂

表千家と裏千家の違い

午後、在京の大使公邸でお茶会に招かれる。

お茶会という事で招かれたのだが、伺ってみれば表千家のお点前。だが私は表千家の勝手を知らない。知っておいたところでどうにもならないが、事前に確認しておけばよかったと少し後悔している。


だが、こういう時は堂々と自分が師事している裏千家の作法で臨めば良い。

無理して流派にあわせるより、それがマナーでもあるのだ。つまり、茶を学んでいない人は我流(常識的に失礼の無い姿)で臨めばいいのである。客として招かれる以上、亭主(点てる側)になることは無いので、この際は客としての作法だけを気にすればいい。


昔はどこかの大名屋敷だったのだろうか、古い佇まいを見せる日本庭園に面した客間で椅子席による立礼(りゅうれい)式のお茶事。

大使夫人をはじめ、外交官の奥様方が多いお茶席だったことからの配慮なのだろう。

お茶菓子は「とらや」の羊羹。 その後に夫人の焼かれたクッキーが並ぶ。


 大使閣下は公務で居られなかったが夫人は大変気さくな方で、先日ご夫妻が宮中の昼餐に招かれた事などを話してくださる。


私が師事している裏千家では、この茶事は立礼というが、表千家の先生によるお点前のため、もしかしたら表千家の呼称は違うかもしれない。


千家の流派には、表千家と裏千家、これに武者小路千家がある。 いずれも千利休の曾孫から分派したもので、作法や呼称は変わるが、茶の湯の心は利休居士から変わっていない。 つまり、元をたどれば同じという事である。


表と裏の違いについて答えろとなれば、表千家のお点前を知らない私は正確に答えることができないが、お点前は明らかに異なる。たとえば、お茶碗のまわし方が違ったり、袱紗(ふくさ)の捌き方(たたみ方)が違っていたり。

この作法をみて、表裏を区別するのは、お茶人でないと難しいが、一般に見て区別のつく方法が一つある。


それは袱紗。


お茶を点てる「亭主」は必ず腰に袱紗をつける。

このとき、裏千家の茶人は無地の袱紗を用いる。男性は濃紫、女性は朱赤だ。

これが表千家になると、柄物になるのだ。


また、お点前の呼称も少しずつ違う。


裏千家で言う「小習」。表千家では「習事」とされる。

また、天目茶碗を使うお点前「台天目」は表千家では「台天」。


読みは同じでも感じが異なるものもある。

裏千家の「盆天」は、表千家では「盆点」と書く。


 これは聞いた話で、私自身は必ずしも的を得た表現ではないと思うが、目新しいものに捕らわれず、古いものを尊重するというのが表千家のモットーと聞く。そして裏千家は派手だという。しかし、それはどうだろうか。


伝統を重んじ、古いものを大切にする心は裏千家も同じ。 そもそも侘び寂の心を持ち、釣瓶や建水など、手ごろな日用品を用いてお茶事を始めたのは千利休からであり、表や裏という区別が始まったのも利休の孫、千宗旦の息子の代から。 


仏教のように、お釈迦様が入滅して数千年を経た現在では、それぞれの宗派も進化して相対立するほどに変化しているが、元を正してみれば、禅宗も法華宗もたどり着くところは同じである。その証拠に仏陀入滅の地、クシナーラを忌む仏教宗派を私は知らない。


 比べて千家の茶は利休が没してまだ400年足らず。分派して作法や手順は若干変わったが、利休の思想は今なお伝えられており、表、裏、武者小路の各千家に入門しようと、その心は学ぶことができる。


希に、


表と裏、どちらが上なの?


という問いを受けることがあるが、どちらが上か下かは付けがたいのである。