NHKホールの移動式コンソール
今朝からNHKホールへ。

実は明日、フランスから高名なオルガン奏者が来日する。いずれ名前を挙げることになるが、ここでは伏せておこう。
このホールが完成した当時にオルガン演奏会を開いた奏者であるが、氏がここのコンソールを離れてから30年の年月が経った。すでに高齢の域に達した氏の再来日を機会に、何とかこのオルガンを視察していただこうというのが私の狙いである。

奇しくもホールは現在、夏季の集中工事を行っており、オルガンも30年ぶりに大規模な清掃と調律が行われている。
ここのオルガンを管理されているのは望月オルガンといい、オルガンビルダーの望月廣幸氏の工房である。シュッケ社が建造した当時から携わる、このオルガンを最もよく知る人物だ。
高校生の頃、ここのオルガンを見学したくてNHKホールに手紙を書き、夏休みに無理やり見学をさせていただいたことがある。 そのときにホールの支配人からオルガンの解説書を頂戴した。B4に手書きされた原稿なのだが、その筆者が望月先生で、今も我が家に大切に保管している。インターネットも無かった時代、望月先生の名前を見て、「日本にもオルガンを作る人が居るんだ。」と思ったのを良く覚えている。
数々の式典や収録でこのホールのオルガンに接してきたが、実際にオルガンの内部を拝見したのは今回が初めてとなる。
望月先生のご子息に案内されながら、内部の細い梯子を上り、各部を見て回る。大すす払いが終わった後だけあって、どのパイプも綺麗に磨かれており、新しい部品が入ったような錯覚をする。
ここには32フィートの大きなパイプがある。大の大人がスッポリ入る大きさの口径を持ち、長いパイプで9m60cmある。日本でもこの規模のパイプを持つのは極めて稀なのであるが、ここのホールの特徴としてもう1つは移動式コンソールだ。
通常は、オーケストラとの共演で使われる。 離れた場所にあるオルガンの演奏台で弾くよりも、指揮者の目の届く場所で演奏したほうが便利だからである。
だが、奏者にとっては極めて不都合なのである。
いわゆる雷の原理で、鍵盤を押した信号がオルガンに届き、そこでパイプから音が出るのにタイムラグが発するからである。 電気的な信号がオルガンに届くこと自体には特に問題はないが、発した音が離れた奏者の耳に届くのには明らかに時間がかかる。
ピアノやトランペットは自分の発した音を確認しながら演奏ができるが、オルガンの場合はそれができなくなる。つまり常に先を読みながら演奏するわけであり、慣れないとつらい。 オルガンが伝統的に使われてきた教会ではあまり用いない仕組みでもあり、教会オルガニストよりは、コンサートオルガニストのほうが手馴れた技なのかもしれない。
そういう楽器であるが、オルガンが使われなくなって久しいNHKホールの移動式コンソールも、作動点検のためにステージに運ばれてきた。物心付いた頃にはこのホールでオルガンコンサートは行われなくなっており、その後稀に使われていた(であろう)オーケストラの共演も聴いていないこともあって、このコンソールに出会うのは今日が初めて。 打ち合わせも重要だが、個人的にはこちらに対面するのも大変重要なイベントだった。

当時のコンサートを録画した古い映像は見ているが、その折のコンソールとは若干違う。 それはストップのボタンであるが、長い年月のうちに老朽化し、3年前にボタンを宇交換したのだという。 今はスイッチのようなボタンだが、以前はエレベータのボタンのようなものだった。
今回、30年ぶりという大掃除が行われ、奇しくも完成当時を知る奏者が来日。
オルガンの世界では巧妙なビルダーともお近づきになれ、大変ありがたい一日となった。
このホールでオルガンを収録できる日も、夢ではないかもしれない。