1/2の続き


で、めろついてしまいましたが、これを、

「外から見ていられる」

ということがお笑いのファンでいるということだと私は思う。
紅しょうがはファン多いからか我々のことを「ファン」ということもあるけど、基本的に芸人はこっちのことを「お客さん」て呼ぶんだよね!!!!なんか…決定的に…違うよね
ドルオタはこの感じわかるはず。

会場にいる目の前の、カメラの向こうの配信の、テレビを観ている、その人達を楽しませる ってことが彼ら彼女たちの生業で、

私はルールを守りたい正義マンだから、アイドルのオタクするなら重課金して会いに行く以外の選択肢が無い。それが正統派のアイドルオタクであって、「オタ活」っていうけどアイドルオタクはまさに活動なんだよな。自分が参加してるんだよ。総選挙とかなってくると本当に芸能人の人生に触れてるし


芸人は、彼ら彼女たちが見せてくれるショーを外から見て笑顔にさせてもらうことが、応援することの本流なんだ。これがでかい。「出待ち」とかの文化があって、それが許されていても、お笑いのファンをする上での正規ルートではない。接触が必須ではない。

稲田さんがいつかのお誕生日に、プレゼントも嬉しいけどそれよりも出演しているテレビ番組やライブ、配信を観てくれる方が嬉しい と言っていたのがすごく印象にのこってて

芸人を応援するとはきっとそういうことなんだと。

出ているテレビ番組を観て、ライブの配信を買って、行ける時は行って、たまになんかコラボしてグッズでも出せば買って、SNS見て

全部外から見てる、
のに、
ファンの活動として欠けてなくて、王道いけてる‼️‼️


ということは、どういうことかというと、テレビの姿やライブの雰囲気をそのまま享受して、それをその人達として味わうことが合ってる…


アイドルと接触するとき、基本的には大なり小なりみんなテレビや公演のときとは雰囲気が違くて、(りえちゃんなんてその最たる人物ですが…)その子の「対オタク」の部分と「接触以外の仕事」のノリやテンションの違いがファンを増やしたり減らしたり当然するし、須田亜香里ちゃんとかはそれで選抜まで行った人だったり、私の場合はりえちゃんはスンとした人だからそのギャップを知ったり10年かけて1ミリずつ距離を近める(オタクとアイドルとしての距離)ことこそが私のオタク「活動」であったり、
したことが、


それが

無い


んですよ‼️‼️なくて本流なんですよ‼️‼️


だからその二人の関係性も、電波に乗るか劇場で観たものを真実として享受できる。出待ちの時の対応の良さとかもしくはその逆とか、それその人達の商品と違うから。


ファンの仕事がないっていうか、笑ってれば良いというか。
お客さん なんだよ本当に良くも悪くも。

それで今の私にはそのことは良さしかない。


私はアイドルオタクをする時に、人生そのものに焦燥感があったし、欠けているものがあって、何か渇望してた。
アイドルは現実逃避じゃなくて現実だと言い続けてきた。彩りとかじゃなくて、アイドルと一緒に、もしくは一緒にと錯覚しながら勝手に、感情をぐちゃぐちゃにしながら人生の中にアイドルがいる。



お笑いは違くて、多分私は辛い時にお笑いみて元気もらう側の人生は送らなくって、なんかふりかけみたいな🥹

やっぱ自分がやることがないってのはでかい。そして自分がやることがないことに安らげる人生のタイミング。アイドルオタクをするときには、自分にやることがあるということが多分一番くらいに大きな意味があった。


この「ブロマンス」と、「お笑いは『外』から見るもの」という、アイドルオタクがお笑いを好きになるときにお笑いに「特有」であると私というドルオタに感じさせる二本の柱がもしかしたら同じひとつの要因が、お笑いというものが今私の心を惹かれさせる理由だと思う。

後者は特にその本質において決定的に違うと言って良い。
お笑いは、出し物についても同じなんだよな。没入感が「ない」。ここまでお笑い芸人の皆さんが本業としているショーの部分について言及がないのが私が常にその世界の全体像をふくめて考察しながらその存在を愉しむことをオタクとする性質ということを表すのだけど、
アイドルを観ているとき、ライブやコンサートで、オタクは音楽に包まれてアイドルと世界を共有しているとおもってる。その間一緒に夢の中にいるというか…。MCになるとそれが解けて現実に戻る感じというか

お笑いはそれが無くて、まず客電がアイドルや舞台芸術よりも明るいし、ショーが短いし、そのショーの最中でさえ私は私のままで我を失わずに楽しんでいる。


「ブロマンス」についてはその感じがない芸人さんもいるしそもそもトリオもいるし、このようにえもがられること自体を不快である・本意でないと思う方たちもいるから、ここは私のオタク精神がそれを見つけて、知ってしまったという感じ


全然、めちゃくちゃ、違うわけよ。アイドルのオタクをすることとお笑いのファンであることは。
一番好きな芸人さんその人に対してのときめきとか他の子と自分にとって違う!と見える、アイドルでいう「推し」への気持ちは、正直好きな気持ち自体は全然似てる。ていうかここは私ガチ恋気質だから同じだと思う
でも、その人が私と話している姿(話したことないけど)よりも、相方をいとしく思って大笑いしている姿が一番好きなんだよね。


私は、世界で一番好きな人のことを、毎日好きだと思いながら、「無」を装い生きていて、
誰よりも私のことを愛してくれて、同じ気持ちを交換していた、もう二度と逢えない人との思い出の中でおぼれながら、



私を楽しくしかしない「お笑い」というものに生活をきらつかせてもらってるわけなのよ🥹🥹🥹🥹🥹🥹🥹✨✨✨✨✨


5500字!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

この文章は、アイドルオタクからみたお笑いと、アイドルオタクからみたお笑いのファンをするということについて、アイドルオタクに対して紹介するような気持ちで書いたものです❣️

じっさいはお笑いのファンだとかは全然言えないレベルのアイドルオタクなので、もしお笑い系でこの投稿を見つけた方はどうぞお手柔らかに🙏


ここでいうアイドルとは、48以降のメジャーデビューしているが接触必須の団体達を指します




私は元AKB48北原里英ちゃんのことが大好き。心から大好き。

なかなかもう他人に理解してもらえないくらい好きすぎるので、彼女の環境の変化(出産)に心がついていかず、ツイッターもほぼやめてなんと33番のFCまで抜ける始末。でも毎日大好きで終わりは見えないけど長く休んでる気持ち。

今の私→ 私はどうしたいのか | 好き 好き 好き


なぜこんなにも大好きなのかというと、ただ私がはまりやすい性格だからということもあるけど、それはひとえに「会えるから」(「会えたから」)ということがかなり大きい。

卒業直前にりえちゃんとした会話



私「でもアイドルじゃなかったらこんなに大好きになれないから多分。会えないじゃん」

北原「ああそうだね。難しいよね、めっちゃファンになるのって」

私「だから、最初アイドルで出逢えてよかったと思ってる」

北原「…ありがとおー!」


これが事実というか本当というか、


アイドルを好きになって「応援する」立場でいるに、接触は条件というか必須というか正統派というか、正義

無課金は論外だが、

ライブ等を観て、金を積み接触することがアイドルオタクの真髄。


この事実が今にもすごく関係するからこれを踏まえといてほしい!




私はいま、


ハリセンボン→スパイク〜はるかぜに告ぐ〜天才ピアニスト→紅しょうが


と、お笑い芸人の好きをたゆたいながら、多分もう半年前には紅しょうがが大好きになっていて🥹


わたしYouTubeが好きで暇つぶしはYouTubeなんですけど、普通に見てたら2-3年前にハリセンボンがYouTube再始動していて、

そこに「スパイク」が出ていて、

彼女達が出るので年末のthe Wみて顔良すぎて女のリアコしか居なさそうな当時芸歴一年目「はるかぜに告ぐ」に一目惚れしてしまうが、


危険だと思いあまり見ないようにし、(今は普通に好き)YouTubeのおすすめであがってきた ニューヨーク という男性芸人とのトークにゲストに来ていた「天才ピアニスト」の二人に惹かれて配信ライブを買い、大阪芸人なので東京でのツーマンライブ観に行って、その一緒にツーマンしてたのが「紅しょうが」のおふたりだった🥹



その後すぐ体調崩して一週間ほど寝込むなか一生紅しょうがのYouTube観てたらだんだんと気持ちが天ピちゃんからこの二人に移っていって、その理由と、それから自分の心がお笑いを好きと言っている理由がはっきりわかったのが「ブロマンス(ロマンシス)」という言葉に出逢った時だった



ブロマンス という言葉を知っていますか?

brother + romance の造語(BLオタク用語)のようなのですが、



「ブロマンス」〈Bromance〉とは、兄弟を意味する〈brother〉とロマンス〈romance〉を合わせた造語。特別な絆で結ばれた男性同士の親密な関係を指します。

お互いを認め合う唯一無二の関係や、作品によっては魂の奥深いところで結びつくような強い絆が見られることも。

(https://www.animatetimes.com より)




ハリセンボンのYouTubeをタレントさんのYouTubeとして愉しく観ているときから感じていた、日本のお笑い芸人特有の「コンビ」制度におけるペアが決まっていることによる二人だけの関係性。


アイドルにも「関係性」オタクっていて、私自身も48にはまり込んでしまったのは元々は百合きっかけでそのカップリングのことを考えるだけで時間が溶けるというところから始まってるから(当初はアイドルと「自分」に、お金が要るとはいえ「関係性」みたいなものが発生することを知らなかった)その感覚自体はわかる人が多いと思う。



ただ、アイドルの場合はコンビやペアがあっても基本的には二人同士が好きとか仲良しでいることが多いし基本グループ活動だから固定とかではないと思うのですよね、有名なペアってあると思うけどどれもオフィシャルではないというか。古のカップリングこじゆうでさえ、「最大手」なんだよね。



それにくらべてお笑いの「コンビ」における「相方」って、他の何とも違う特別すぎる相手であって、ビジネスパートナーで、同僚で、同志で、同期で、先輩で、後輩で、兄弟で、友達で、好き同士で、嫌い同士で、そのどれかであったり、どれでもなかったり、全てであったりしながら、とにかく「公式」であるわけよ。



この ブロマンス を自分がそのコンビに感じるかどうか、が、私がメロつくかどうかを確実に分ける。

私にとって、ネタは一番好きな天才ピアニストは彼女たちが大阪芸人だからテレビなどであまり見かけられないということも多分にあるとは思うけど私にとっては職人な二人で、二人でまっすぐ前見てる感なのでこう私のブロマンスセンサーにかからないんですよね。だから配信とか多分一番買っているけど、心をときめかしてはなくて



紅しょうが  は…



https://profile.yoshimoto.co.jp/talent/detail?id=6365 より


左のキャラ濃い熊元プロレスちゃんと、二期先輩の右の稲田美紀さんの先輩後輩コンビで、2022大阪から上京2023にtheWというお笑い賞レースで優勝し、私テレビケンミンショーしか観ないのですがテレビにもよく出ているようです😃



このふたりがねえ。。。

見た目だと熊プロちゃんがちゃきちゃきして強そうな感じに見えるかもしれないけど、ほんで本人も「舐められたくない」といつも言っており、カワイイと言われるのも嫌とのことで、確かにすんごい破天荒なとこあるんだけど、

とっても優しくておっとりしてて、周りの…というか目の前にいる人が喜んでくれることを一番に考える子なの🥰



一方、稲田さんは、テレビだといつも怒ってて怖い人みたいな感じに映りそうだけど、確かによく怒ってはいるけど、それは全部筋通ってるし、合唱コンで歌わない男子にキレる女子みたいなもんで、とっっても優しんだよ(T . T)世話焼きの姉御って感じの方で、熊プロちゃんがたびたびおうちを散らかすのを掃除してあげたり、洗濯して持ってったりしてあげるの(T . T)



アメトークで熊元プロレス大好き芸人が催されるくらいみんな熊プロちゃんが大好きで、私は紅しょうがを通じて見てるからっていうのもあるけど後輩としての熊プロちゃんが魅力がめちゃくちゃあるとおもってて、


多分、熊プロちゃんはこのコンビで売れたけども、私は熊プロちゃんの魅力を一番引き出すのは稲田さんだと確信してるけど、(以下私見です!!!!!!!)熊プロちゃんは他の人ともやっていけるとおもう。



でも稲田さんは熊プロちゃんじゃないとダメなの🥲

でも熊プロちゃんのお母さんとおばあちゃんは、「ゆりえがまともに生きていかれてるのは稲田さんのおかげ」って挨拶に来るの🥲💞



シングルマザーでパチンコで23時に帰ってくるお母さんの元で育った熊プロちゃん(この広い心の優しさや誰にでも愛される大らかさやとんでもないだらしなさは家庭環境が全ていい方向に魅力引き出した感ある)と、

小学校の校長先生のお母さんと塾長のお父さんでNHKしか見せてもらえなかった稲田さん🥹



この熊プロちゃんと、この稲田さんがコンビを組んでてお互いが相方同士なんだってのがもう本当にたまらないんですよね(T . T)熊プロちゃんの相方が稲田さんなんだ!!っていうのが最高の味するわけ


それで稲田さんって熊プロちゃんの話や言動に全芸人で一番大笑いするし、そんで普通に熊プロちゃんの顔立ちとか派手でかわいらしいって思ってるし、熊プロちゃんが気ー遣い屋さんのこともわかってるし、稲田さんは熊プロちゃんのことが一番笑う🥹

2/2へ続く

りえちゃんは私がいなくても生きていける

私もりえちゃんがいなくても生きていける

でも今私が生きているのはりえちゃんのおかげ


好きな気持ちが変わらない。好きになった日から15年ずっと形が変わらない。

アイドルだった人がアイドルでなくなり、独りだった人が彼女になり妻になり母になった

私は二十歳のアイドルへの好きと全く同じ種類の好きを今も持ち続けている


アイドルとオタクの間に「関係性」なんてなくて、でもアイドルが生きている人間だから「関係性みたいなもの」はあって、それをオタクの私の心は関係性と感じてしまって、本当に趣味の対象が人間ということは本当闇だし救いようがない。趣味の対象が人間だからなんか気持ちとか交換できる感じして、たまには本当にそんな一瞬があって、

善良なオタクは時と共にその「関係性」が変化することを楽しんだり、受け容れたり、それこそが推すことになっていたりすると思う。

私自身もそれを味わっているときがあった。と思ってた。


私のものにならなくていいから誰のものにもならないで


これは私がずっとずっと持ち続けてきた想い、それを、りえちゃんは対外的には、木村拓哉とか福山雅治じゃないんだから、まるで結婚していないかのように振る舞うわけもなく、必要もなく。

でも実はイベントで「無理に夫のことまで好きになってもらう必要もないですし」と言ってくれたり当初ファンメールでは結婚してない世界線のままいこうとしてくれていたり、

この私のカオスさをあらわす一言というと「ガチ恋」なのだけど、ガチ恋対応もひとすじ残してくれており。

でも私は心の中にマグマを飼っていることを隠し、まるで「一般人だけど本当に大ファン♡」のような良オタに15年ほど擬態しておりまして

ここがもう一番救いようがなさすぎて

身動きが とれないよお!!!!


何がって、ヴォルデモート氏は、りえちゃんにとっても他人で、ない風に好きで居ても良いって赦されてるから、なんとなくなあなあにしながらやってきたわけだけど


でもさ~~~~~~~この時点で不健康なことだったんだろうな~~~~そもそも~~~~~~

でも私以外の誰かに幸せにされている姿見れないよ~~~~~~ガチ恋なんだも~~~~~~ん



でも、子どもは別すぎる

心から無事で良かったし、おめでたいことだし、

ここでグギると「ひとでなし」すぎると私の本能が言ってます。


だけど、本当に人生に関係ないと思い知るし、

何よりも大切なものが在るってことを感じさせられるし、

好きでいることに資格なんてないと思うし、好きな気持ちは私のものだし、

きっとこの日のことを思い、本人が、「顔が好きとか、どこかわたしの一部でも好きでいてくれたら嬉しい」と言ってくれたのに、けど、

正直 資格ないな って思います





自分の気持ちを保てなすぎて、

無し

にして生きているけど、別に毎日愉しく生きていけて、りえちゃんも幸せに生きていて、



りえちゃんは私がいなくても生きていける

私もりえちゃんがいなくても生きていける

でも今私が生きているのはりえちゃんのおかげ



りえちゃんのこと、一日も忘れられない。

きついよ、きつすぎるオタクだよ、よりんちゃんは。。。




ユウハちゃんが死んじゃって、りえちゃんの前に現れないことと、

私が元気いっぱいに生きてて、人でなしのガチ恋でいる自分の気持ちをかかえきれず 無し になっていることと、

りえちゃんにとってはそのオタクが居ないってだけのことなのも、アイドルとオタクってお互い人生関係なさすぎて発狂




あのとき総選挙の壇上のスピーチで、「ファンの人の顔が今すごく浮かんでいます」と言ってくれた

その中に自分もいるって思えたのに。



私が涙ながらにどれだけ好きか伝えた時、「人の人生に関係してるんだと思って嬉しかった」て目をうるませて話してくれたのに。


いや思い出を掘れば掘るほど痛い




というか、やっぱり今の私は今の私が正解だろう。抱えきれないから無しの設定にする

それが私の人としての良心なんだと思います。

ここで踏みとどまれるかが、やばいオタクと、やばいオタクを心の中に抱えてるオタクを分けると信じてそうする。




きっっっっっっっっつ