曲を弾いていくと、たくさんの和音の響きに合います。
音楽の勉強をすると、その和音の種類、系統が似通っているのは、音の幅が関係してくるなど、秘密がわかってくるのですが、
今日のレッスンの生徒さんは、そんなに楽典を教えこんではいないです。
もちろん音程の幅が何度とかも知りません。
だけど、この和音はどんな感じ?と短2度の和音を弾いて尋ねたら、「ぐちゃっとしている。」
ではこの和音は?と短3度を弾いたら「きれい!」
完全4度の和音は「微妙」
でした。
しかし、三和音にして短3度と完全4度を混ぜると「きれい」になりました。
またある日、違う生徒さんに、長調と短調の違いを弾いて、長調はどんな感じがする?と聞いたら「明るい」。
短調を弾いて同じ事を聞いたら、「明るい」
と言われました。
確かに感じ方は人それぞれで、民謡のような音楽は躍動感があり、暗くは感じないのかもしれません。
アフリカ音楽もお葬式で、長調の音楽で踊っていたし、日本の「ひなまつり」の歌も短調のメロディーに「今日はたのしいひなまつり」と歌っているし…。
一概にステレオタイプのように、長調は明るい音楽、短調は暗い音楽と決めつけるのはキケンだな、と…。
先ほどの和音の話に戻りますが、短3度はドミ♭だと暗く感じますが、シレだとそんなに暗くは感じない。
そして、短3度のシレに生徒さん曰く微妙な完全4度を足すと、爽やかな響きになり、きれい!になる。
短3度の上に長3度を乗せたら暗い響き、でも長3度の上に短3度を置いても暗い響きには感じないとか、それすらもステレオタイプで判断しているのか、わからなくなってきました。
西洋音楽は人が分析して後で理論をつけたものですよね。
もう少ししたら音階の種類は教えても良いですが、はじめから知識を知ってしまうのは、そういうものだ、と考えなくなるので、感じる力を養うには良い事じゃないのかも、と少し思いました。
グレゴリオ聖歌など聴いても、長調とも短調とも言えない音階が使われていますし、そもそもハ長調も弾き始める音によっては、長調にも短調にも成り得る。
人の感情にも陽や陰があるように、長調や短調の曲にも、いろいろな音程が混ざっているので、聴く人によって、音楽も全然違う風に聞こえるのかもしれないし、そういう感覚って大切にしたいな、と思いました。



















