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vol.2175
【傷寒論類編、京大49ページ】錬塾輪読会復習VOL.4
師曰、夫治未病者、見肝之病、知肝伝脾、当先実脾、四季脾王不受邪、即勿補之。
師(し)曰(いわ)く、夫(そ)れ未病(みびょう)を治(ち)する者(もの)は、肝(かん)の病(やまい)を見(み)て、肝(かん)の脾(ひ)に伝(つた)わるを知(し)り、当(まさ)に先(さき)に脾(ひ)を実(じつ)すべし。四季(しき)脾王(ひおう)にして邪(じゃ)を受(う)けざれば、即(すなわ)ちこれ(を)補(ほ)すること勿(なか)れ。
師は答えました。
そもそも未病を治す者は、肝の病状を見てそれが脾に波及することを見越し、あらかじめ脾を丈夫にして備えます。ただし四季の中で脾が旺盛で邪気を受けない時期であれば、あえて補う必要はありません。
解説
『傷寒論類編』の四十九頁にある「治未病」の一節は、東洋医学の臨床における「予測」と「予防」の神髄を説いた非常に重要な箇所です。 上工(じょうこう)と呼ばれる優れた医師が、単に目の前の症状を追うのではなく、どのように病の先を読み、全体の調和を保つのかを解説します。
1 未病を治す(治未病)の真意
ここでの「未病を治す」とは、病気になる前の健康な人を診ることだけを意味するのではありません。
「ある臓器に病があるとき、次にどの臓器へ病が波及するかを予測し、まだ病んでいない場所をあらかじめ守る」という、高度な臨床戦略を指しています。
病気の進路を先回りして塞ぐことで、最小限の介入で健康を取り戻すという、戦略的な治療指針です。
2 肝から脾への波及(木剋土)
東洋医学の五行説では、肝は「木」、脾(ひ)は「土」の性質を持ちます。
樹木が土に根を張り、栄養を奪うように、肝の気が過剰になったり病んだりすると、その悪影響は真っ先に脾(消化器系や全身の栄養供給)へと伝わり、その働きを弱めてしまいます。
この関係を「木剋土(もっこくど)」と呼び、肝の病が脾に伝わることは、人体における必然的な流れとして捉えられます。
3 先に脾を実す(実脾)という防衛策
優れた医師(上工)は、肝の病を診た瞬間に、まだ症状が出ていない脾の状態を確認します。
そして、肝の治療と並行して、あるいはそれに先駆けて、脾を丈夫にする(実す)処置を施します。
脾という「防波堤」をあらかじめ強固にしておくことで、肝からの病的な影響を跳ね返し、病気が全身へ広がるのを食い止めることができるからです。
これに対し、経験の浅い医師(中工)は、肝の症状だけを追いかけ、脾が弱っていくことに気づかず、病気の進行を許してしまいます。
4 四季脾王(しきひおう)の例外と中庸
ただし、何でも補えばよいわけではありません。
東洋医学では、各季節の変わり目(土用)を、脾のエネルギーが自然に最も旺盛になる時期(脾王)と考えます。
この時期は、脾が本来持っている抵抗力が最大化されているため、あえて外から補う必要はありません。
むしろ、自然の力が充実しているときに余計な補いを行うことは、気の停滞を招き、体の調和を乱す原因となります。
「不足していれば補い、余っていれば損ずる(減らす)」という中庸の原則が、ここでも徹底されています。
この教えは、医学に見放された方々が抱える複雑な症状を紐解く際にも、非常に有効な視点となります。
局所の痛みや不調に囚われず、体内の気の連鎖を客観的に見極めること。
そして、次に崩れる可能性のある場所を先んじて保護すること。 こうした深い洞察に基づく「緩図(かんず)」のアプローチこそが、難病に立ち向かうための確かな信頼の礎となります。
「肝」と「脾」の動的な相互作用を、五行という抽象的な概念ではなく、人体の司令塔と製造現場という実質的な機能面から整理しました。
司令塔と製造現場の連携(生理的調和)
生命活動の根幹は、情報の流通を管理する管制塔である「肝」と、エネルギーを造り出す工場である「脾」の完璧な連携にあります。肝が担う疏泄(そせつ)という機能は、いわば情報の交通整理です。
この調整が滞りなく行われることで、脾は飲食物をエネルギーに変える運化(うんか)という重労働を円滑に進めることができます。現代的に解釈すれば、自律神経が安定しているからこそ、胃腸のリズミカルな動きや消化液の分泌が最適化されるという仕組みです。
命令系統の暴走と現場のパニック(病理的メカニズム)
ストレスや過労によって司令部である肝がパニックに陥ると、指示系統に深刻な異常が生じます。これが肝気鬱結(かんきうっけつ)であり、情報の渋滞やシステムのフリーズを引き起こします。
さらに混乱が深まると、司令官からの指示は穏やかなガイドから理不尽な圧力へと変貌します。これが「肝気横逆(かんきおうぎゃく)」です。不規則で強引な命令が次々と飛んでくるため、精密な作業を要する脾の現場はパニックを起こし、正常な稼働ができなくなってしまいます。
具体的な苦痛が生じるプロセス
エネルギーの衝突と停滞は、やがて実体を持った身体症状として現れます。
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腹部膨満感(ガスの停滞) 本来下へと降りるべき気が、肝からの機能的な圧迫によって逆流あるいは停滞します。これが腸管内のガスの蓄積や物理的な張りを引き起こします。
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食欲不振(供給の拒絶) 外部からの強引な干渉を受けた脾は、新しい飲食物を受け入れる余裕を失い、食欲という形で拒絶反応を示します。
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全身の倦怠感(エネルギーの枯渇) 司令部が混乱し、工場が稼働停止に追い込まれることで、全身への燃料供給が途絶えます。その結果、医学的に説明のつきにくい重だるさが発生します。
上工が選ぶ「実脾」という戦略的防衛術
優れた治療者は、司令部の混乱を確認した瞬間に、まだ被害が出ていない脾の防壁を固めます。これが「実脾(じっぴ)」という術理の核心です。
○問曰、上工治未病、何也。師曰、夫治未病者、見肝之病、知肝 伝脾、当先実脾、四季脾王不受邪、即勿補之。中工不暁相 伝、見肝之病、不解実脾、惟治肝也。夫肝之病、補用酸、助用 焦苦、益用甘味之薬調之。酸入肝、焦入心、甘入脾。脾能 傷腎。腎気微弱、則水不行。水不行、則心火気盛。心火気盛 則傷肺。肺被傷、則金気不行。金気不行、則肝気盛。故以実脾 則肝自愈。此治肝脾之要妙也。肝虚則用此法。実則不
左頁
用之。経曰、虚虚実実、補不足、損有余、是其義也。余臓準此。
○問曰、上工治未病、何也。
問(と)いて曰(いわ)く、上工(じょうこう)の未病(みびょう)を治(ち)するとは、何(なん)の謂(いい)ぞや。
問いに答えました。優れた医師(上工)が「まだ病気になっていない状態(未病)」を治すというのは、どういう意味でしょうか。
師曰、夫治未病者、見肝之病、知肝伝脾、当先実脾、四季脾王不受邪、即勿補之。
師(し)曰(いわ)く、夫(そ)れ未病(みびょう)を治(ち)する者(もの)は、肝(かん)の病(やまい)を見(み)て、肝(かん)の脾(ひ)に伝(つた)わるを知(し)り、当(まさ)に先(さき)に脾(ひ)を実(じつ)すべし。四季(しき)脾王(ひおう)にして邪(じゃ)を受(う)けざれば、即(すなわ)ちこれ(を)補(ほ)すること勿(なか)れ。
師は答えました。そもそも未病を治す者は、肝の病状を見てそれが脾に波及することを見越し、あらかじめ脾を丈夫にして備えます。ただし四季の中で脾が旺盛で邪気を受けない時期であれば、あえて補う必要はありません。
中工不暁相伝、見肝之病、不解実脾、惟治肝也。
中工(ちゅうこう)は相伝(そうでん)を暁(さと)らず、肝(かん)の病(やまい)を見(み)て、脾(ひ)を実(じつ)する(を)解(げ)せず、惟(ただ)肝(かん)を治(じ)するなり。
並の医師(中工)は病が伝わる理を理解しておらず、肝の病を見ても脾を丈夫にすることを知らず、ただ肝だけを治療しようとします。
夫肝之病、補用酸、助用焦苦、益用甘味之薬調之。
夫(そ)れ肝(かん)の病(やまい)は、補(ほ)する(に)は酸(さん)を用(もち)い、助(じょ)する(に)は焦苦(しょうく)を用(もち)い、益(えき)する(に)は甘味(かんみ)の薬(やく)を用(もち)いてこれを調(ととの)う。
そもそも肝の病には、補うために酸味、助けるために苦味、そして益するために甘味の薬を用いて調整します。
酸入肝、焦入心、甘入脾。
酸(さん)は肝(かん)に入(い)り、焦(しょう)は心(しん)に入(い)り、甘(かん)は脾(ひ)に入(い)る。
酸味は肝に入り、苦味は心に入り、甘味は脾に入ります。
脾能傷腎。
脾(ひ)は能(よ)く腎(じん)を傷(つぶ)す。
脾が強まれば(五行の相剋により)腎を抑えます。
腎気微弱、則水不行。
腎気(じんき)微弱(びじゃく)なれば、則(すなわ)ち水(みず)行(おこ)なわれず。
腎の気が弱まれば、体内の水分の巡りが滞ります。
水不行、則心火気盛。
水(みず)行(おこ)なわれざれば、則(すなわ)ち心火(しんか)の気(き)盛(さか)んなり。
水の巡りが滞れば(火を抑えられなくなり)、心の火の気が盛んになります。
心火気盛則傷肺。
心火(しんか)の気(き)盛(さか)んなれば則(すなわ)ち肺(はい)を傷(つぶ)す。
心の火が強すぎれば、今度は肺を傷めます。
肺被傷、則金気不行。
肺(はい)傷(つぶ)せられれば、則(すなわ)ち金気(きんき)行(おこ)なわれず。
肺が傷めば、金の気がうまく巡らなくなります。
金気不行、則肝気盛
金気(きんき)行(おこ)なわれざれば、則(すなわ)ち肝気(かんき)盛(さか)んなり。
金の気が巡らなければ(肝を抑えられなくなり)、肝の気が過剰に盛んになります。
故以実脾則肝自愈。
故(ゆえ)に脾(ひ)を実(じつ)するを以(もっ)て則(すなわ)ち肝(かん)自(おの)ずから愈(い)ゆ。
ゆえに、脾を丈夫にすることで巡りが整い、肝の病は自然と癒えていくのです。
此治肝脾之要妙也。
これ肝脾(かんぴ)を治(じ)するの要妙(ようみょう)なり。
これこそが肝と脾を治療する上での、極めて重要な奥義です。
肝虚則用此法。
肝(かん)虚(きょ)すれば則(すなわ)ち此(こ)の法(ほう)を用(もち)う。
肝が虚している場合には、この手法を用います。
実則不用之。
実(じつ)すれば則(すなわ)ちこれを用(もち)いず。
肝が実している場合には、この手法は用いません。
経曰、虚虚実実、補不足、損有余、是其義也。
経(けい)に曰(いわ)く、虚(きょ)を虚(きょ)し実(じつ)を実(じつ)し、不足(ふそく)を補(おぎな)い、有余(ゆうよ)を損(そん)ずとは、是(こ)れ其(そ)の義(ぎ)なり。
経典に「虚している者をさらに虚させ、実している者をさらに実させてはならない 不足しているものを補い、余っているものを削る」とあるのは、まさにこの意味です。
余臓準此。
余臓(よぞう)もこれに準(じゅん)ず。
他の臓器についても、すべてこの理屈に準じます。
傷寒脾能傷腎。論類編 第四十九頁 漢文全文
右頁
○師曰、五蔵病、各有得者愈、五蔵病、各有所悪、各随其所不、暍者為病
○太陽病、発熱、悪寒、身重而疼痛、其脈、弦、細、芤、遅。小便 (注釈)湯、銘、常、観、此
○問曰、上工治未病、何也。師曰、夫治未病者、見肝之病、知肝 伝脾、当先実脾、四季脾王不受邪、即勿補之。中工不暁相 伝、見肝之病、不解実脾、惟治肝也。夫肝之病、補用酸、助用 焦苦、益用甘味之薬調之。酸入肝、焦入心、甘入脾。脾能 傷腎。腎気微弱、則水不行。水不行、則心火気盛。心火気盛 則傷肺。肺被傷、則金気不行。金気不行、則肝気盛。故以実脾 則肝自愈。此治肝脾之要妙也。肝虚則用此法。実則不
左頁
用之。経曰、虚虚実実、補不足、損有余、是其義也。余臓準此。
欄外
傷寒論遺篇巻一
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平人の基準: 尺脈・尺沢脈・寸口脈がそれぞれ平(正常)であることの定義。
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陽脈法・陰脈法の厳格な定義: 尺脈や寸口の平不平に関わらず、三部全体の徴候を優先する法則。
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仲景の法(三部九竅): 心主・三焦・三部・九竅を統合し、足三陽の病位を特定する九則の反復。
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経絡の精義: 脈法の純真は経絡にあり、治癒は「意使」によるという結論。
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臓腑配当: 尺八寸の源流としての尺沢脈と、右尺における臓腑候法。
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内外二字と沈脈: 病の深さを測る羅針盤としての「内・外」と、寸脈の沈沈が示す安定。
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脈形論: 八形九道九脈の客観的把握と、「名」ではなく「形」に従う(不従病不従不診)の徹底した反復。
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参合の法: 色・声・問・切を統合し、上工(名医)を目指すための等級と訓戒。
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弁光証: 五臓の絶症と命絶(死)の徴候、および陽気の重要性。
内藤希哲『医経解惑論』脈方論~巻之上終 原文全文(完全抽出)
深究仲景在傷寒諸書往復自習而極空槃者也。此則後世偏儒之通病,其所以拙於治療也。
言傷寒治法。陽脉浮三部見傷寒則傷寒論治。陰脉微三部見傷寒則陰病治。
仲景言。尺脈平人、則尺脈平人。尺澤脈平人則尺澤脈平人。寸口脈平人則寸口脈平人。
有陽脉法。陽脉法者尺脉平則三部見陽脉法。陽脉法尺脉不平則三部見陽脉法。
陰脉法。陰脉法者寸口脈平則三部見陰脉法。陰脉法寸口脈不平則三部見陰脉法。仲景之言則足三陽之所発病也。
仲景之法。仲景之法者心主三焦、三部九竅、心主三焦、三部九竅、心主三焦、三部九竅、心主三焦、三部九竅。仲景之法心主三焦、三部九竅、心主三焦、三部九竅、心主三焦、三部九竅、心主三焦、三部九竅、心主三焦、三部九竅、心主三焦、三部九竅、心主三焦、三部九竅、心主三焦、三部九竅、心主三焦、三部九竅。仲景之法尺脈平則三部九竅。仲景之法寸口脈平則三部九竅。
又脈法。一 仲景雲尺澤脈平則三部九竅。二 仲景云寸口脈平則三部九竅。三 仲景云尺脈平則三部九竅。四 仲景云寸口脈平則三部九竅。五 仲景雲尺澤脈平則三部九竅。六 仲景云寸口脈平則三部九竅。七 仲景雲尺脈平則三部九竅。八 仲景云寸口脈平則三部九竅。九 仲景雲尺澤脈平則三部九竅。
一 仲景治法三部以定病源。二 仲景治法三部以定病源。三 仲景治法三部以定病源。
此者學者會心經絡之精義則諸脈所調諸病皆意使。後世便於習用三焦者心經絡之精義也仲景所調諸病皆意使。仲景能宣張仲景在其中矣蓋先生本意非欲以三部九竅、關口脈能治病乎乃欲藉經絡同異諸脈仲景已辦之知其他、誤解則非先生意而深考之也。
又問諸書諸脉法孰最良?次為脉法論曰諸書自昔多失少得無足較。然諸脈法皆有當也仲景脈法而余之所推経絡、脈法之純真在其中者不他此三書雖熟天下醫書盡其能。
治小腸腎臟脈腑、配於兩關間之動。分而言之、尺八寸皆生於尺澤、則胃腑下小腸膀胱腎臟右尺大中大陽符指以候府。
仲景以候腠理、三部多少於然。脈要請徵驗於內外二字。蓋謂頭指之脈沈、沈則身無甚多不合於脈矣。餘病者之脉則經絡之脈也。故頭指之脈過寸尺、則身無甚配於尺八寸陽腠理三焦亦然也。然頭指之脈沈沈則身無甚配於尺八寸陽腠理三焦亦然也。然頭指之脈沈沈則身無甚也。下部之脈則頭指之脈沈沈則身無甚也。
又問王叔和楊繼善仲景已傳脈之所驗、可否令親其所採擇諸脈、殊不少。而後世諸家妄言、益々滋甚。可謂罪之辠也。然而聞有載仲景之言、則大謬焉。於此本書著其意也、亦大欺。則脈形有脈形。脈形者大抵沈伏遲数大小滑濇八形九道九脈。脈動従形為形。
凡書讀者、脈法孰最良。次為脈法論曰、諸書脈法孰最良。
其刻劃雖盧然然於二書亦至於矜羨之隣、稱其己得其妙、處全在吾心、異乎他之。大論之法、治心専也。仲景之治法、診察光明、陽脈見、陽脈有、陰脈見、陰脈有。陽病識知観、陰病識知観。
仲景、九日陽病識治観、九日陰病識治観、九日陰病識治観。此九日、九竅論、治之道観人、事性、骨肉及情、調情病識。
仲景、九竅識治観、経絡験治観、経絡験治観、経絡験治観、経絡験治観。九竅論、参食飲、居処、居処寒暑、寒暑陰陽、陰陽虚実、虚実九竅。
不問九竅、只論其名可否。可否論、九竅関。或不識九竅以論、或其名以論。王叔和仲景脈法不知、其二或取、或二或三或四或三或二或三或四或四或四操作四或四或三或四。不察其脈、只論其名可否。可否論、九竅関。
尺不可取、故尺澤不可取。其尺澤取脈者、尺澤取脈者、尺澤取脈。其道仲景之書、尺澤之脈、不可取。尺澤不可取、尺澤不可取。尺澤不可取、尺澤不可取、尺澤不可取、尺澤不可取、尺澤不可取。寸不可取、故尺脈不可取、寸脈不可取。不知其脈理何在、何以知其病也。
又問:脈診所因、孰最重也。所因最重者、所因者不論調外感六淫之病、七情六欲之病、飲食勞倦之病、則治病必先治之。
治病必須求本。欲治病、必求其本。病本於内傷、故脈象大論。求本、必治本。治病、不問病、只論其本。人焉得之。一者因得之。二者因失之。診病、不問其病變、只論其真脈象。蓋論脈多失、則脈象失、則病失、則治失、則治無矣。故診病、不問其病變、只論其真脈象。飲食之失、居処之過度、或傷於寒、或傷於熱、或傷於風。病變不先、只論其本。
何可謂脈病。世為脉法所惑、此為脉法所惑。脈為病者、必沈伏遲数八脈之形。論脈形、但論其形、不論其名。脉有病、則病脈形也。脉形、乃筋骨脉臓腑之形也。論脈形、但論其形、不論其名。世人、脈法所惑、此為脉法所惑。臓腑論、但論其形、不論其名。日者論脈、必論其脈形。論脈形、但論其形、不論其名。
仲景之脈法、是也。又問:脉診何以断。曰脉診、不從病不從不診。不從病不診。曰:不從病不從不診。脉診、不從病不從不診。脉診、不從病不從不診。脉診、不從病不從不診。脉診、不從病不從不診。脉診、不從病不從不診。脉診、不從病不從不診。脉診、不從病不從不診。脉診、不從病不從不診。脉診、不從病不從不診。脉診、不從病不從不診。脉診、不從病不從不診。脉診、不從病不從不診。脉診、不從病不從不診。
色不可及之。又曰、虚則鄭聲。鄭聲重語也。先輩曰、面色萎白、氣虚也。語言輕微、氣虚也。此皆雖脈證實不可妄寫者也。如此之類甚多、學者用心観察焉。行之謂得。
或間今若精識仲景脈法則内経三部九候人迎虚里等脈、皆不待診与。曰、吾不能答之。姑挙内経仲景之言。邪氣藏府病形篇曰、善詞尺者不待於寸。善調脈者不待於色。
能参合而行之病情也。可以為上工。上工十全九行二者為中工。中工十全七行一者為下工。下工十全六者國。神景曰、上工望而知之、中工間而知之、下工脈而知之。
又曰、観分之啓、不拿思未經盲以演其所知。舊省疾問病、務在口給相対、斯須價處湯薬。接不及尺、握手不足人迎趺陽三部不参、動数發息不備、五十短期未知決診、九候曾無髣髴、明堂関庭色偏紅盡不見察、所謂窺管而已。
夫欲視死別生、實為難人。然則、明知而不得於合者明醫也。能参合而三得者良醫也。得一得一者其中下也。仲景所謂今之醫不知参合之法者也。悪能得行一哉。其治病得愈皆偶中耳。今之世醫亦皆是也。間有参合作名而其實不得行一者、此飾巧釣名子。於此中択而処之。
医經解惑論卷之上終
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【自己紹介】
広島海田まつたに鍼灸整骨院
◆ 院 長 松谷行晃
(まつたに ゆきてる)
◆臨床 約40年 施術数約20万
◆難病を鍼灸治療で効果的改善
◆柔整保険適応で急性外傷施術
「中国伝統医学」を
大切に施術を行っている
まつたに鍼灸整骨院です
「西洋医学で治らない病気やケガ」
中国医学で根本治療の挑戦中です。
五つの特徴
その1(wライセンス)
広島県で初めて中国南京留学の鍼灸師
柔道整復師
相談支援員
その2(症例数豊富)
臨床年数約40年
since 1983~
施術数のべ約20万人
その3(大学教授推薦)
整形外科医
久保教授推薦
その4(広島大学漢方センター)
緩和ケアー鍼灸講習受講終了
その5(研究論文多数)
指頭感覚の研究
(東洋厚生科学研究所)
バランスの研究
骨折の研究
テーピングの研究
エコー画像の研究
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病の治癒(解)の兆候
【原文】 病六七日,手足三部脈皆至,大煩而口噤不能言,其人躁擾者,必欲解也。 若脈和,其人大煩,目重,瞼內際黃者,此為欲解也。
【書き下し文】 病むこと六七日、手足(しゅそく)の三部(さんぶ)の脈 皆(みな) 至(いた)り、大煩(たいはん)して口 噤(つぐ)み言ふこと能(あた)はず、其の人 躁擾(そうじょう)する者は、必ず解せんと欲する也。若し脈 和(わ)し、其の人 大煩し、目(め) 重く、瞼(まぶた)の内際(ないさい) 黃(き)なる者は、此れ解せんと欲する也。
【現代語訳】 病気になって六~七日目、手足の(寸口・趺陽・太谿などの)三部の脈が皆しっかり触れるようになり、(一時的に)ひどく苦しみ(大煩)、口が(こわばって)閉じ(口噤)、話すことができず、その人が(苦しさで)手足をバタバタさせる(躁擾)者は、これは(一時的な悪化ではなく)必ず治癒に向かっている(欲解)のである。 もし脈が(緊などでなく)調和(和)しており、その人がひどく苦しみ、目が重く、まぶたの裏(内際)が黄色くなっている者も、これは治癒に向かっている(欲解)のである。
特殊な脈象と予後
【原文】 脈浮而數,浮為風,數為虛,風為熱,虛為寒,風虛相摶,則洒淅惡寒也。
【書き下し文】 脈 浮にして数、浮は風(ふう)と為し、数は虚と為す、風は熱と為し、虚は寒と為す、風虚(ふうきょ) 相(あい)摶(う)つ、則ち洒淅(さいせき)として悪寒する也。
【現代語訳】 脈が浮(表在性)で数(速い)。浮は風邪(ふうじゃ)とみなし、数(速いが無力)は虚(津液不足)とみなす。風(の邪)は熱(を生む)とみなし、虚(津液不足)は(相対的に)寒(を生む)とみなす。この風(熱)と虚(寒)が互いにぶつかり合うと、ゾクゾクと(水に濡れたように)悪寒がする。
【原文】 脈浮而滑,浮為陽,滑為實,陽實相摶,其脈數疾,衛氣失度,浮滑之脈數疾,發熱汗出者,此為不治。
【書き下し文】 脈 浮にして滑(かつ)、浮は陽と為し、滑は実と為す、陽実(ようじつ) 相(あい)摶(う)つ、其の脈 数疾(さくしつ)、衛気(えき) 度(ど)を失ひ、浮滑(ふかつ)の脈 数疾にして、発熱 汗出づる者は、此れ不治(ふち)と為す。
【現代語訳】 脈が浮(表在性)で滑(なめらかで力がある)。浮は陽(の邪)とみなし、滑は実(邪気が盛ん)とみなす。この陽(の邪)と実(邪気)が互いにぶつかり合うと、その脈は非常に速く(数疾)なる。これは衛気(体表を守る気)が常軌を逸した(失度)状態である。 この浮・滑・数・疾の脈で、発熱し汗が出ている者は、これは不治の(治し難い)状態である。
【原文】 傷寒欬逆上氣,其脈散者死,謂其形損故也。
【書き下し文】 傷寒(しょうかん)、欬逆(がいぎゃく)し上気(じょうき)し、其の脈 散(さん)なる者は死す、其の形(けい) 損(そん)する故(ゆゑ)と謂(い)ふ也。
【現代語訳】 傷寒(急性の熱病)で、咳き込み、のぼせ(呼吸困難)があり、その脈が散(脈が触れにくく、不規則でバラバラ)である者は死に至る。これは、その人(の臓器や)身体そのもの(形)がすでに損なわれているからである。

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