日本で徴用工裁判に関心を寄せ、支援したいと考えている人の多くは、日本が韓国の人を強制動員したのにまだ賠償していないとか、65年の請求権協定は国家間の協定であって、個人の請求権は残っていると考えている。そして、韓国の最高裁が賠償を命じたのも、それを根拠にしていると考えている。

 

 しかし、それはまったく事実に反する。韓国の最高裁判決を見れば分かることだが、日韓請求権協定の議論の過程で徴用工問題は議題となり、その未払い賃金などのために日本側が三億ドルもの支出を決めたことを判決は率直に認めている。

 

 「大韓民国は第一次韓日会談当時、『韓日間財産及び請求権協定要綱八項目』を提示した。八項目中の第五項は『韓国法人または韓国自然人の日本銀行券、被徴用韓国人の未収金、補償金及びその他請求権の弁済請求』である。その後七回の本会議……などを経て、日韓基本条約と請求権協定などが締結された」

 「(三億ドルは)請求権、強制動員被害補償問題解決の性格の資金等が包括的に勘案されたと見なければなれない」

 

 韓国最高裁の判決は「被徴用韓国人(強制動員被害者)の未収金、補償金」のために請求権協定が結ばれたと明確に述べているのである。それが徴用工に対する支払いに充てられなかったとしても、韓国側の事情によるものであって、日本側に責任があるとは言えないだろう。

 

 しかも、その資金が韓国内で徴用工に支払われなかったならともかく、徴用工に対しては韓国政府から補償が実際に行われてきた。日本人には信じられないかもしれないが、韓国側も(大法院判決も)、徴用工がこれまで、請求権協定に基づいて各種の支払いを受けてきたことは率直に認めている。韓国側の世論の中にも、日本の一部の世論の中にも、「これまで日本は徴用工に一円も補償していない」という議論があるが、韓国大法院はそれを明確に否定しているのだ。

 

 判決はまず、請求権協定にもとづき各種の法律が整備されたことを紹介する。一九六六年の「請求権資金法」、七一年の「請求権申告法」である。その上で、実際に補償を行うため、七四年に「請求権補償法」がつくられたのだが、それによって九一億八七六九万三〇〇〇ウォン(約一億円、無償資金三億ドルの九・七%)が支払われたとする。そのうち、この時点で死亡していた徴用工に対する補償は、八五五二件に対して一人あたり三〇万ウォンだ。

 

 額は少ない。そのためか、徴用工は、慰安婦に続いて日本で裁判を起こすことになる。結局すべて敗訴することになるのだが、その過程で、韓国政府は、徴用工等に対するかつての補償が不十分であったことを認める。そして、韓国みずから「太平洋戦争戦後国外強制動員犠牲者等支援に関する法律(「二〇〇七年犠牲者支援法」)をつくり、死亡したり行方不明になった徴用工に対しては一人あたり二〇〇〇万ウォン(二〇万円)、負傷したりして障害を持った人にはそれ以下の補償を行うこととした。

 

 こうやって、日本側は徴用工に対する支払いの意味を込めて三億ドルを払ったし、韓国はそれを元手に徴用工に補償を行ったのである。徴用工もそれを受け取っているのだ。

 

 それなのになぜ、今回の裁判が起こされたのか。最高裁は徴用工がそれだけの支払いを受け取った事実を認定しながら、どういう根拠で新たな賠償を求める判決を下したのか。先日の韓国政府の解決策も、日本側の対応も、そういうことをまったく考慮しないものだ。だから私は、これでは解決に至らないと思うのである。(続)