(9条の会・新日本婦人の会・平和ネット3.5講演会の記録)

三、国民意識は世界の構造変化とともに変化した

 1、冷戦終焉でアメリカ=悪、社会主義=善が通用せず

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 この間、いくつかの共産党市議団とか9条の会からの問い合わせがあります。こんな局面ですから、街頭に出て訴えなければならなくて、通り一辺倒のことは言えるんですよ。侵略は悪いのは明白で、ロシアを批判するのは誰でもできるんですから。

 

 けれども、皆さん、何かもの足らなさを感じておられる。共産党や9条の会の存在感が輝くような訴えというか、聞いている人が「さすが共産党だ」「さすが9条の会だ」という訴えになっていかないみたいなんです。

 

 やはり、目の前で侵略が進行しているわけですから、日本が侵略されたらどうするのかという問題への答えを回避していては、説得力あるものにはなりません。ウクライナが善戦しているのは、2014年にクリミア半島を奪われた教訓から、ちゃんとした国軍を作り、鍛え上げてきたからに他なりません。それをどう評価するのか。

 

 先日(25日)、九条の会の事務局がウクライナ問題で声明を出しました。「ウクライナ侵略とそれを口実にした9条破壊、改憲は許されない」というタイトルで、侵略を強く批判はしています。しかし、日本が侵略されたらどうするのかについて、何か書かれているわけではない。

 

 一方、この声明では、「今回のウクライナ侵略が明らかにしたのは、軍事力と軍事同盟の強化は軍事対決・挑発を激化させ、国際社会を分断させるだけで、平和の実現に寄与するどころか戦争と武力行使に帰結する」とされています。これだとまるで、ウクライナがロシアの侵略を恐れてNATOに接近したことが、今回の戦争と武力行使に帰結したのだと言っているようにも見えてしまいます。

 

 確かにロシアの侵略の口実はそうでしょうし、ウクライナの対応にそんな要素があることは認めます。しかし、挑発したから戦争になったのだということでは、戦前、日本が挑発されたから戦争に踏み出さざるを得なかったのだということと、あまり変わりがないように思えます。

 

 軍事力に対して軍事力で対抗してはならないというのは、平和勢力がよく使う言葉です。そこに多少の妥当性があることは認めます。しかし、これを実際の目の前の侵略に当てはめてしまうと、侵略に対して武力で抵抗してはならないということになりかねず、何らの妥当性も無くなってしまいます。

 

 戦後の冷戦時代なら、そういう考え方、「非武装中立」という考え方にも意味があったとは思います。しかし、そこが大きく変わったことを、私たちは知らなければなりません。(続)