日米地位協定が批准のために審議された1960年の国会では、米軍の特権は地位協定に明示されるものであって、明示されていない場合、日本の国内法が適用されるのが原則だとされた。外務省も内閣法制局もそう述べていた。

 

 「この施設・区域(米軍基地のこと)というのは、治外法権的な、日本の領域外的な性質をもっているのではなくて、当然日本の統治権、日本の主権のもとにある地域でございます。……ただ、アメリカ合衆国が施設・区域を使用している間は、これらを使用するに当たりまして必要な措置、どういう措置を取ることができるかということは、これは協定に定めまして、その協定に従ったところにおいて、米側は措置を取ることができる」(高橋条約局長、60年5月11日、衆議院安保特別委員会)

 「(協定に)書いていないものについては、日本の法令が大体適用される。……軍隊というものは、他国にある以上は、その国の法令を尊重する義務を当然もつ」(林法制局長官、60年6月2日、参議院安保特別委員会)

 

 協定に特権が書いていれば、その特権を米軍は行使できるということである。しかし、連載の初回で書いたように、地位協定のどこにも検疫のことなど書いていない(検疫の用語もない)のだから、検疫に関する特権を米軍は持っていないはずなのだ。

 

 1972年のことだが、この問題が大きな焦点となる。ベトナム戦争で使われていた米軍車両が日本に持ち込まれ、それにベトナムの土が付着していて、検疫法に反することが浮かび上がった。9月の参議院農水委員会で、農林水産省の農政局長は、「土がついて持ち込まれていることは(植物検疫法)違反でございます」と明言する。日本の検疫法が適用されるという立場だったのだ。

 

 ところが、外務省は態度を変えた。同じ委員会で、「たとえかりに違反の行為が行われたといたしましても、軍隊をその法令によって罰するということが国際法上あり得ない」と述べたのだ。別の日の委員会で、こう整理してみせた。

 

 「検疫関係につきましては、地位協定上は先生御指摘のとおり何ら規定はございません」。

 

 昨日、外務省の地位協定室が、検疫の免除は協定本文に(「管理」という言葉に)根拠があると述べているという朝日新聞の記事を引用したが、71年は、地位協定には規定がないと認めていたのだ。いまより正直だね。その上で、こう続けている。

 

 「したがいまして、こういう場合には、ただいま御指摘のとおり第16条の一般的な「法令を尊重」ということがかぶさると思います。ただ、国内法令を尊重する義務があるという規定のしかたは、一般的に日本国法令を適用するという場合とは多少意味が違いまして、国内法令を実体的に守る義務があるということでございまして、われわれ日本人が法令の適用を受け、またそれに違反する場合に罰則を受けるということとはちょっと意味が違う」

 

 長くなったので、次回にまとめを書きます。もう上中下が終わったので、「続」でしょうか。(続)