台湾の側にだって、「一つの中国」に対する責任がないとは言えない。だって、自分だって国連の代表権を持っている間は、ずっと「一つの中国」を唱えていた。代表権を奪われる際も、やがて自分が息を吹き返して「一つの中国」に君臨するつもりで(というかそれは実力的には無理だったけど虚構にしがみつくしかなかった)、二つの中国というアメリカの画策にイエスと言わなかった。

 

 しかし、これはもう半世紀も前のことである。両岸でかつて戦争をした独裁国家が対峙し、「自分こそは中国の唯一の代表だ」として張り合っていた時代のことである。独裁国家時代、お互いの指導者が口にしていた建前である。

 

 アメリカや日本は、どんなに時間が経っても、「一つの中国」にしばられる。だって、それが中国との国家間の約束事項だからである。しかし、台湾は中国との間でそんな条約を結んだわけではない。ましてや、お互いの国民が民主的に議論して決めたものではない。それなのに、台湾の人々は、過去の独裁者の建前から逃れられないのか。

 

 この問題では、いわゆる「92年コンセンサス」のことがでてくる。中国と台湾のあいだでの実務者協議で、「一つの中国の原則を双方が口頭で了解した」と言われるものだ。しかし、そう言っているのは中国側だけであり、台湾の国民党でさえ当時、「一つの中国の中身についてそれぞれが(中華民国と中華人民共和国と)述べ合うことで合意した」と解釈していただけのものだ。現在の民進党の蔡英文は、合意のテキストさえないことを捉え、「存在しない合意」とさえ言っている。中国でさえ、江沢民時代には台湾の解釈を否定していたが、胡錦濤は台湾の解釈を否定しない態度に転換したので、2005年当時、共産党と国民党の蜜月が生まれたという関係になる。

 

 最近、習近平は、92年コンセンサスが「一つの中国」の合意だったかのように言い出しているが、それは過去の共産党の態度を変えるものだ。それに台湾の人々が従うわけがない。

 

 しかも、共産党が支配していた中国の政治体制は、ずっと独裁のままで変わらないが、台湾は90年代に独裁体制と決別した。民意が支配する時代が訪れた。そして、その民意が、「中国は一つ」を拒否しているわけである。ということで、次回はこの問題での台湾の世論調査を紹介する。(続)