セルフリブログシリーズ。約1年前の記事ですニコニコ

↓はアメ限記事ですが、一部編集してセルフリブログしたものがあります。

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こちらに書きましたように、自己肯定感は全ての赤ちゃんが


自分は唯一無二だ


と、「幸せになるため」「幸せに生きるため」に生まれながらに備わっているものだと思います。


だって、赤ちゃん、なんもできないの。1人で食べられないし、動けないの。そこにあるのは、


さぁみなさん、全力で私を生かしなさい(ドヤ!!


という、確固たる存在感のみチュー生まれながらにして完璧。自己肯定感のみ。


でね、自己肯定感が低い大人はいっぱいいるけど、彼らだって元赤ちゃんですので。さぁみなさん、私を生かしなさいをやってきたわけなんです。そういうことが出来てたの。やってたの。


ただその間に「自己肯定感を下げる(失う)」何かがあって、どんどん下がったり、ちょっと下がったり、で、自己肯定感の低い人が出来上がるんです。


だいたいが親の影響です。いや、最近100%だと思うようになってきました。


でね、親とかなんかで自己肯定感が下がった人はもう拗らせてるから、自己肯定感が低いのがいけないって思うと、だいたい拗らせ脳で考えることは


自己肯定感を上げよう


なの。自己肯定感を上げようってするのね。拗らせだから。そのためにすることの何かしらをするんだと思うけど(セミナーとかに何百万とか払っちゃったり)、


例えば自分を認めることをしようってするんだけど、拗らせてるでしょ。だから、認めたらいけないところを認めちゃうわけ。もう何が何だかわかんないからね。


例えば、コレが私!!!!って「拗らせのまま」突っ走ることが自分を認めるになっちゃったりして、どんどん拗らせていくの。


でもそんなだから自己肯定感というより、自分はこれで良いって言わなきゃって、これで良いって思ってるってみんなに分かってもらわなきゃみたいに、


自己肯定感が高い人だと『他人から認めてもらう』


になっちゃうの。だからね、上の記事でも書きましたが、接していて「気持ち悪い」の。行動や言動がね、


私は自己肯定感が高い人ですよね??


って聞くことだから爆笑爆笑爆笑爆笑爆笑高いのか、高くないから聞いてるのか、聞かれた方は何なのよってなるの。


いろんな人に媚びたり、評価を気にしながら(評価を気にすることが悪いのではなく、評価が悪いことが悪という価値基準)、いいよね!?私は良いと思ってるんだから良いよね!?なの。


そのために、することが


自己否定(こんな自分で良くないと思ってる)しながら他責(なんで良いって言ってくれないの!?


なのよ。だからね、自己肯定感は上がらないの。上げるもんじゃないって気づかないと。赤子時代の唯一無二な自分の肯定。ありのままの本当の意味を。


気づくというより、「取り戻す」なのかもね。


私の場合は、ルールズで取り戻した感じですニコニコ


ルールズを読んだのに、その意味を理解できなかったり(対男性への振る舞いの指南書というエリアから抜け出せない)、行動に思考(自分には愛される価値がある)が伴わなかった方は、ルールズはわからないままだし、唯一無二を得ていないままの婚活挫折や、結婚なので、RWからすると、なんか違うしってなりますね。


大人の自己肯定感は青い鳥と一緒で、どこかにあるものを探したり、低いものを上げたりするのではなく、


元々自己肯定感は高いんだ


って、再確認し、本来の自分に戻ること、ではないかと思いますニコニコ


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小6女子を育てているので当然小6男女と接する機会が多く、そうすると、もう怖いくらいに今現在アラサー以上で拗らせている女性のような女子に出会います。ただ、「表面的」には「普通」です。こどもを「お世話する対象」や一部ではまるで「厄介者」「預け先神」のようにしか見ない親には、さぞ「普通」に見えることなのだろうと思います。

しかし、既に思考が他罰的だったり、他責だったり、自分と意見が違うものを「排除するためなら何をしても何を言ってもいい」ということをします。育てられたように育つのでしょう。


違いを違うねニコニコと言うことを、「間違い」「責められた」「許せない」となるようです。

また、本当に「間違っていること」に関しては、まさに、「赤信号論」なのです。あなたが全て正しいの!?なのです。


そして面白いことに「小6男子」はまだみんなヒーローですニコニコもしかしたら男子は、「早めに拗らせていく女子」と関わることで、この「唯一無二のヒーロー感」を失っていくのかなと思ったりします。


娘は私を継承しているので、そんな世界で「唯一無二」で過ごしていますニコニコそれは私が「ソフト毒親」と名付けた親が考えるような「みんなそんなもん」や「目立った問題がなければ良し」「放置と過保護の白黒」の生き方ではないのです。