おつかいの帰り
初めて通る道
気分で
角(かど)を曲がってみたら
おっきな柿の木があった
根元に立って
見上げてみたら
固くて重そうな 緑色の実がたくさんついていた
縦に長くて
ちょっと尖(とが)っている実は渋くて
平たくて 四角い実は甘い
柿の見分け方
小さい頃 教えてもらったことがある
この木は渋柿かな
だったら干し柿になれるわね
あなたは
実家には柿の木が何本もあった
そのうちの
"干し柿の木" って呼んでいた
一本の柿の木には
毎年
ぱぁんと固く張った縦長の
大きくて立派な実がたくさんなって
母が毎年
干し柿をたくさん作ってくれた
母が認知症になってからは
干し柿も作れなくなってしまったけれど
"干し柿の木" は
誰に もいでもらうこともないのに
毎年毎年
健気(けなげ)に 立派な柿の実を実らせていた
認知症だった両親が 同じ年に相次いで逝き
長かった遠距離介護は終わったのだけれど
草刈りや竹切りや
山の手入れは続いていたし
母屋の建て替えをすることも決まって
私は相変わらず
自宅から実家に通っていた
往復350km
高速を飛ばして…
ある年
柿の木の 下草刈(したくさか)り をしていた時
干し柿の木に
柿の花が咲いているのを見た
華やかな他の花々と違って
蕾(つぼみ)は葉に同化したような
目立たない緑色・・・
けれど
開き始めて
うっすら黄色みを帯びてくると
たくさんの 可愛らしい 釣鐘(つりがね)になる
山の中で様々に咲く花たちは
毎年
花を咲かせる その時期を
さぼったりはしない
手を抜いたりもしない
誰が見ていても
誰も見ていなくても
全力で
【自らの花を咲かせる】その役割を
きっちり果たして
ためらうことなく散っていく
だから ...
かりんの花や あかしあの花
ひっそりと咲く山桜や花桃・・・
下草に隠れて咲く山野草も
ひと目(め)でも見てあげたくて
花たちが咲くその時期には 一人 山に入った
今頃は
山桜が咲いている頃だから
見に行ってあげようよ
夫も そういう人だった
"干し柿の木" は・・・
そうだねぇ...
私が干し柿にしてあげようか?
大地から栄養を吸いあげて
毎年 立派な実をつけてくれているのに
せっかく実ったその実は
誰にも もいでもらうことなく
また大地に還(かえ)る...
ただただ 黙って
毎年 それを繰り返す柿の木の姿に
不憫(ふびん)さも覚えていた
その年から
毎年100個以上は 柿をもぎ
干し柿作りを始めた
干し柿が大好きだった夫は
おじいちゃん(父) おばあちゃん(母)の畑の
柿の木から
あなたが もいで
大変な思いをして運んで
手間をかけて作ってくれた干し柿だから
これは
とっても高価な干し柿だよ
最高にうまい
そう言って大事そうに食べてくれた
お正月にも食べようね
そぅそぅ
冷凍にした干し柿を
お正月にも 食べたんだっけね
僕は もう
あなたと
一緒にいてあげることは できないから・・・
猫を飼いなさい
なべちゃんみたいな猫
猫を飼って
田舎の家で
好きなように暮らしなさい
干し柿も作って
一人でたくさん食べていいよ
そう言って
一週間後
夫は逝った
難病 (膠原病)に罹患して寝たきりになり
在宅介護中だった夫は
病状が悪化して
救急搬送された病院で
2週間ほどの入院の後 亡くなった
夫よ
ごめん
田舎の家は売ってしまったよ
畑も売ってしまったから
柿の木も よそ様のものになったよ
猫は飼わないよ
なべちゃんみたいな猫が
いるわけないしさ
それにね
もう
いやなんだよ
大切な存在を
もぎ取られるように奪われるのは・・・
失ってつらい思いをするくらいなら
まだ
寂しいほうが ずっといい
枯れていくのを
見るのがつらくて
生花の一輪も
飾れないでいるよ
