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松井隆広のブログ

小説をアップしてます、文才はないですがよかったら読んでやってください。

囲炉裏の火が小屋を薄く照らす、差し向かいに座る明香の姿が薄い灯りに照らされその菩薩顔のため本物の観音菩薩のようにみえる。

 

「わたしは付近の住民からは、菩薩さま、優しい先生さまなどと言われ崇められています」

明香は自分を頼ってくる患者は例え無一文であろうと見捨てたりはしない、そんな彼女を巷では観音菩薩の生まれ変わりと持て囃されている。

「でもしょせんは畜生道に堕ちた裏の世界の人間、ただの偽善者ですよ」

自分の事をまるで他人を分析するように語る明香、お咲は黙って聞き手を続けている。

 

「何故このような生業を続けてるか疑問に思ってるでしょう」

図星をつかれたお咲は黙って頷く。

「十五の頃に将来を誓った相手を殺されました」

そんな辛い過去を淡々と語る明香がお咲にはこの世のものとして見れなくなってきた。

「その仇を殺めました、そこからはお決まりの様に転落していき、流れ流れて江戸に行きつきました」

お咲には理解できない、そんな苦しみを味わってきて、どうしてこんな菩薩の様な笑みを携えていられるのか、これだけ達観しきった人なら自分の悩みにも答えを出してくれるに違いない。

「仲谷先生はご自分の行いを正しいと思ってらっしゃいますか」

思い切って自分が一番知りたい事をぶつけてみた。

「いいえ」

キッパリと言い放つ、これだけはっきり言えるとは清々しい程だ。

 

「わたしは人殺しです、目の前には地獄の大釜の蓋が開いているんです、遅かれ早かれ地獄に落ちるのであれば一人でも多くの外道を道連れに、そう思っているだけです」

何と恐ろしい事を平然と言うものだ、やはりこの人は自分とは何かが違う。

「明日お上に捕まり梟首されるかもしれません、返り討ちにあいどこぞの路傍に屍を晒すかもしれません、そんな稼業ですよ」

 

囲炉裏の薪がもう切れてしまっている、どれだけ明香の語りを聞いていたのだろうか。

明香は立ち上がり最後にお咲に告げる。

「いささか話すぎましたね、まぁゆっくり考えてみてください、我々は毎月四の日に谷中の庫裡に集まりますんで」

そう言い残し、いつの間にか雨も止み、朝焼けに染まる戸外に消えていく。

 

きっと次の四の日には谷中霊園の庫裡にお咲の姿があるだろう。




晴らせぬ恨み晴らします  完