*心身症とは、各科が対応する身体疾患の内、発症や経過に心理社会的ストレスの影響で機能的(器質的)な障害を伴った疾患群です。
アメブロを書き始める前の事。
長男の発達障害(診断前)が『様子を見る』では駄目だ
と感じ始めた頃。
毎日のように胃が痛かった。
ひどい時には、胃痙攣を起こすこともある。
それと同時に、気がつくと
「貯金を全部持ってどこかに逃げたい」
「1週間だけ、音信不通になってみようかな」
「スマホを置いて、一泊二日旅行なら可能?」
などと考えるようになっていた。
つまり、目の前の現実から逃げたかった。
毎日、歯磨きはしたか?と確認すると
「まだだった〜」と返ってくる。
おやつは15〜16時までだと伝えても
時間などお構いなしに食べようとする。
エアコンを使っているから出入りの際はドアを閉めてと伝えても
ほぼ毎回、開けっぱなし。
この生活は、長女と長男が生まれてから現在(2人とも小学生)までほとんど変化が無い。
さらに辛いと感じたのは周囲との『温度差』。
友人や、同居を始めたばかりの私の両親に相談しても
返ってくるのはいつも同じ。
「うちも同じ」
「子供ってそういうもの」
「マイペースな性格」
共感や励ましで使うこれらの言葉も
私が気にしすぎなだけ、私がダメなだけ
と言われているように感じていた。
この時、私の自己肯定感はほぼ0%だったと思う。
そんな時に、長男が立て続けに3つのトラブルを起こした。
[1、新学期になってから連絡ノートを全く書かず
宿題が把握できなくなった。]
原因は、新しいやり方が身についていなかったので
長男がノートを書くタイミングを失った事。
もし今、同じ状況がまた起きたら
私からノートを書くタイミングをサポートして欲しい
と先生に手紙を書くだろう。
しかし、当時の私は長男に「ノートを書いて!」
と叱るだけだった。
そして担任から「宿題が出来ていない」と電話をもらい
自分はそんな事も子供にさせられない親なんだ
と自分を責めた。
[2、下校中に下級生を突き飛ばし
頭に怪我を負わせてしまった。]
長男が下級生に一方的に遊びを強要してしまい
「負けたから罰ゲーム」と言って
突き飛ばしてしまったらしい。
相手のご家族にはひたすら謝った。
謝りながら、号泣してしまった。
加害者の親なのに、本当に情けない話だが
涙が止まらなかった。
申し訳なくて、ショックで、親失格。
ただただ、それしか感じなかった。
[3、集団登校の際に長女と大喧嘩になり
追いかけ回したり走り回りながら登校した。]
毎朝、地域の子どもたちが集まって集団登校する。
当時、乳児だった次男の世話と日頃の体調不良で
かなり急かすように登校させていた。
授乳や次男が熱を出した時は
集合場所まで行かず、玄関で見送ることもあった。
この日も、次男が熱を出し玄関先で見送った。
すると、同じグループの保護者が訪ねてきて
「危ないからちゃんと見送ったほうがいい。」
と言われた。
私は「はい、すみません。」
と言って会話は終わった。
その日の夜、担任から電話があった。
「近所の方から、登校中に男女の姉弟が走り回ったり
ランドセルに馬乗りになって喧嘩していると連絡があった。
子供達に聞き取りをした結果、長女と長男だった。
毎朝、ちゃんと見送りをしていないのか?」
と言われた。
私は次男の授乳や熱が出た時は玄関先で見送りになる事がある
と伝えたが、それでも「ちゃんとやって欲しい」
と言われ、私はずっと「すみません」しか言えなかった。
数日後、この件について同じグループの保護者同士で
話し合う事になった。
この頃には、子どもたちの検査が終わり障害が確定。
薬とトレーニングによる治療が始まったばかりだった。
私は、同じグループの保護者全員に発達障害の事を伝えた。
正直、とても怖かった。
偏見や、差別的な目で見られるのか?
障害があっても親の躾のせいだと責められるのか?
ほとんどの保護者は「そうなんだ。そんな風にみえなかった。」
これしか言わなかった。
しかし、「危ないから見送れ」と訪ねてきた保護者からは
45分間ずっと嫌味、文句、子育てのダメ出しを聞かされた。
私はただ「すみません。」しか言えなかった。
気がつくと、私は笑うことができなくなっていた。
いつもこの3つのトラブルを思い出し
泣いたり、ため息をついていた。
そして最後には「私みたいな親、いない方がいいのでは?」
とまで思い始めていた。

