平地競争としては国内最長距離で3600mで行われる。

私が競馬を始めたころはまだG3のハンデ戦であった。

1997年に別定のG2戦に変わった。

施行時期は特に変更がなく、

有馬記念へのステップにもなっている。


個人的に思い出に残っているのはメジロブライト。

クラシック路線では惜敗が続いていたが、

このレースでは圧巻のパフォーマンス。

大差で勝ち、このレースでさらなる才能が開花したのか、

天皇賞春に勝つまで重賞を連勝していくのであった。


種牡馬としては受胎率が低く苦戦したようだが、

このステイヤーズステークスの勝利馬である

マキハタサイボーグを輩出した。


彼はすでに亡くなってしまい、

伝統あるメジロの血の一つが繋がらないのはさびしいが、

彼の戦歴はしっかり残るであろう。


重賞連勝で天皇賞春を制したパフォーマンスのように、

私も馬券で連勝できるように頑張りたい。


連敗は嫌というほどしてるので。

私が競馬を始めた年はG3で1800mのハンデ戦であった。

翌年からG2の2000m、別定戦に変更、

宝塚記念へのステップのイメージであったが、

今年からこの時期に移行され、

有馬記念へのステップレースに変更となった。


サイレンススズカ、タップダンスシチーと、

圧倒的なパフォーマンスを見せたG1ホースたちが

勝ち馬に名前を連ねているが、

私の思い出としてはフジヤマケンザンを挙げておきたい。


日本国内ではG1に恵まれなかったが、

タイキブリザードなどのG1ホースを撃破したこともあり、

そして香港国際カップにも勝利した。

香港のレースの時の馬名表記「富士山」に恥じないレースぶりだった。


当時はまだ国際的にはG2扱いであったが、

現地G1級のレースでの海外遠征初勝利ということにもなり、

彼が海外遠征を切り開いた功労者のうちの一頭であることは間違いない。


そんな彼が香港帰りの後に、馬齢表記変更前の当時の9歳で、

59キロを背負っての勝利と、次の宝塚記念に夢をつなげる勝利であった。


高齢馬の活躍が最近でこそ目立ってきたが、

当時はそれほどなかった気がする。

海外遠征、高齢馬、そんな困難やレッテルを見事打ち破った、

そんな彼の爪の垢でも煎じて飲ませていただきたい。


また個人的なことであるが、

彼と誕生日が同じなので、

その部分でも親近感がわく。


今はのんびり余生を過ごしているようで、

それを知って安心もした。



今週は「富士山」ぐらい大きく勝てるよう頑張りたい。

負けて近くの樹海に入り込むことがないようにしたいなぁ・・・。







2000年に創設されたG1である。

G1でありながらも、工夫なのか、苦心なのか、

施行条件の変更が多い。

国際G1でありながら、今年の外国の馬の出走がないのは寂しい。


右回りの阪神競馬場で行われることで、

ダートの主要国アメリカは左回りがほとんどであること、

また、アメリカの一流馬は、約一か月前に行われる、

ブリーダーズカップに照準を合わせることもあってか、

最近は敬遠されている感じもある。


さらに、地方のJBCも一か月前に行われ、

東京大賞典も年末に行われることから、

ちょっと位置的に微妙なG1である。

今後、JRAの番組組み立ての力量が問われるレースである。


私の思い出はカネヒキリ。


3歳時に初めて府中でのこのレースを制覇すると、

2度の屈腱炎にも負けずに復帰し、

6歳時に再び阪神でのこのレースを制覇。

度重なる怪我にも屈することなく挑戦する姿に心を打たれた。


彼自身だけでなく、関係者の方々の努力も忘れてはいけない。


今年も彼みたいに3歳で勝利を目指す馬もいれば、

彼みたいに復活を狙う古豪もいる。

今年のレースも楽しみである。


私も馬券の連敗に屈することなく、次こそ勝利を目指したい。


連敗だけは誰にも負けない、

なんてことにならないようにしたい。




オルフェーヴル、かわいそうだったなぁ・・・。


一昨年は降着で10万円が吹っ飛び、

今年は降着なしで馬券が取れず。

ある意味ミスタージャパンカップなのかもしれない。



私の馬券が当たらないのは、

私のせいではなく、JRAのせいです、

と負け惜しみを言ってみる。


府中の芝の借りは、来週の仁川のダートで返してもらおう。


また返り討ちに遭う可能性が大だが。

京阪杯はかすりもせず惨敗。


お仕事があったので、あまり考えず、

直感で購入していたが、当たらず。


よくよく考えても当らないことがほとんどなのだが。


明日のジャパンカップは、

どっちでもいいから、とにかく当たってほしいなぁ・・・。