字を褒められたことはただ一回 | 北海道のまっつのブログ

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私は小学生の頃から字が下手だ・・・と言われ続けて来た。
みんながそう言うから、下手なんだと思っていた。

しかし私の父親は字が上手だと言われていた。
お袋も「お父さんは字が上手だから、お父さんに書いてもらいなさい」と、学校の提出物などを書いてもらった。
真似をしろと言われても、父のようには書けない。

そんな父に面白い逸話がある。
昔の郵便局には墨と硯(すずり)、さらには筆が置いてあったと言う。
ある日、父が郵便局に行くと、あとから来た男性がハガキを購入し、そこにあった筆を取り、手に持ったハガキにサラサラと何かを書いていた。
そのハガキの字を見て、すごい人だと思ったと言う。
それが実は将来結婚するお袋の父親だった。

祖父の字の上手さは有名だったようだ。
本州にある某大手の会社に、臨時雇用で仕事に行った叔父さんが、遊ぶことに夢中で家に連絡をしなかった時、祖父は安否を気遣うハガキを送った。その時に会社の重役から臨時雇用である叔父さんに呼び出しがあった。なぜ重役までと言う理由は、あまりにも達筆過ぎて、読める人がいなかったということで、どんどんハガキが会社内を巡って重役が読めたんだと言う。
そこで重役から「お前のお父様は何をしている?」と聞かれたので「貧乏百姓だ」と答えたら、そんなわけがないと言われたと言う。
叔父さんは祖父に「人が読めないような字を書くな」と言ったが、「オレはウソ字は書いてない」と言い張ったと言う。
他の人からも聞いたが、完璧な崩し字を書く人で、書道の先生が教わりに来たほどだったようだ。
残念ながら私が小学生の頃に亡くなったので、祖父の偉大さは実感がない。

そんな遺伝子を受け継ぐこともなく、私は字を褒められたことがなかった。
が、たった一度だけ褒められたことがある。
書道の時間に「一」という字を書いた時、筆の入り方や止め方などが完璧だと言われた。
でも画数がある字になると「ダメだ」と言われた。

そういう劣等感があり、ワープロやパソコンは早い時期から始めている。
私はテレビなどでよく見る書道家たちの字や、有名人のサインなどを見て、何を書いているのか解らないことが多い。
描くと言うことでの価値観であれば理解出来るが、なんて書いたかを伝えると言う意味では、どうなんだろうと感じる。
親父が元気な頃、年賀状を見て、この人は達筆だと言っていたけど、なんて言う字なのと聞くとハッキリしない。
これっておかしいと、私は思っていた。

最近は字を書くと言うことは日記やメモぐらいしかない。しかし他人に見せるものではないので、ある意味毎日楽しんで書いている。

前に「ブタもおだてりゃ・・・」で足が遅かったと言うことを書いたが、下手だとかダメだとかってどう言う基準なんだろう。
悪く言われ続けるとだんだん自信がなくなり、それが劣等感となることがある。
例えば、個性的な字だねと言われ続けてたら、書くことが楽しかったんじゃないかと思う。
あくまでも私の感覚だが、ワープロやパソコンを始めてから、プリントアウトされた文字より読みやすいと感じた書類は数少ない。でも伝えたいことがあるんだと言う想いのこもった手書きの手紙は読みやすくて心が癒される。
そうは思っても、未だに人に見せるための文字を書くことは抵抗がある。