微生物を改造する研究開発に関する話を続けましょう。

日経産業新聞 2007年10月3日(水) 11面
「未来プロジェクト動く 微生物で化成品(下) 生産速度、化学合成並み」

(Quote) 骨粗しょう症治療薬のカルシトリオールは微生物での生産が可能になったことで、最近は量産したいという要望が高まっている。そのためには材料の一つであるビタミンDの濃度を上げる必要があり、大阪大学の大竹久雄教授らは微生物の改良に乗り出した。

 ビタミンDは水には溶けにくい。水溶液を使った合成法では粗原料のビタミンDを少量しか使えず、カルシトリオールの量産は難しい。化学合成に取って代わるには生産量を十倍に引き上げなければならない。

 「微生物を使う反応は水溶液の中で実施するのが常識だった」と大竹教授は説明する。研究チームはその常識をくつがえし、有機溶媒の中でも生きられる微生物、ロドコッカスに注目。それまで利用していた微生物、シュードノカルディアから特定の遺伝子を取り出し、ロドコッカスに組み込んで新しい微生物を作った。

 新開発の微生物とビタミンD3を有機溶媒と水の混合液に入れたところ、カルシトリオールの合成に成功した。今後は他の研究機関と協力してロドコッカスの遺伝子を更に組み替え、化学合成並みの生産速度を目指す。

 一方、生産効率を引き上げるために微生物の増殖を抑える工夫もある。地球環境産業技術研究機構(RITE)の湯川英明理事らは、コリネバクテリウムという微生物に注目。この微生物は酸素供給を断つと増殖しなくなる特徴を持つ。増殖しなければ養分や熱など投入するエネルギーのほとんどを化成品の合成に使える。

 湯川理事らの研究ループは、アミノ酸の一種に働きかけ、ポリマー原料のD-乳酸を生産する酵素の遺伝子を他の微生物から取り出してコリネバクテリウムに組み入れた。その結果、増殖にエネルギーを消費せずに、D-乳酸だけを効率よく生産する微生物ができた。化学合成を使った従来法に比べD-乳酸の生産コストは一キロ当たり百円以下と、約五分の一に引き下げられた。

 湯川理事らの微生物を使えば、容積一立方メートルの培養槽だけで年間五百トン以上のD-乳酸を生産できる。「同規模の装置による化学合成に匹敵する生産速度」と湯川理事は胸を張る。

 今後は素材メーカーなどと協力し、開発した微生物の工業化を目指す。さらにほかの微生物から取り出した遺伝子をコリネバクテリウムに組み入れ、導電性を持つ機能性高分子の原料となる芳香族化合物など、より複雑な化成品原料を作る微生物の開発を目指す。

 有用な物質を作る遺伝子を組み合わせて化成品を効率よく生産する微生物を作る。新興国の飛躍を背景に原油価格が上昇し、化成品の生産コストも跳ね上がるなか、微生物資源国である日本の進むべき道がここにある。(Unquote)

この記事には「記者の目」と題した、以下の短い記事が附属しています。


「記者の目 研究進む背景に原油相場の高騰」

(Quote) 微生物による化成品生産の研究が進む背景には、原油の値上がりによる化学合成品のコスト上昇がある。中国など新興国の需要拡大から、ニューヨーク原油相場は二〇〇四年夏以降、約二倍に高騰。原燃料に多量の石油製品を使う化学合成品のコスト上昇につながった。

 遺伝子工学の進歩も、化成品生産に使える微生物を生み出す研究を促進した。一九九〇年代半ば以降、酵母や大腸菌など主要な微生物のゲノム(全遺伝情報)の解読が相次いで完了。微生物研究を加速した。

 ただ微生物による化成品生産には技術的な壁もある。巨大な生産設備を作っても、微生物の繁殖を待たなければ生産に移れないという問題だ。これを解決して初めて、微生物を使った大規模な化成品生産が実現する。(Unquote)