権力を奪取したクビライは政権基盤を固め始めた。
まずは、首都圏の整備について。
それまでモンゴル帝国の首都は、モンゴル高原の中央部、「カラ・コルム」と呼ばれる都市だった。この都市は極めて人工的な都市で、草原の真っ只中に各地から商工業者を集めて形成された。
遊牧民たちは通常都市内には住まず、周囲にテントを張った。
クビライは、政治の中心をモンゴル高原中央部から現在の河北省北部~内蒙古自治区南東部に移動させた。
「金蓮川」と呼ばれた草原地帯に夏の首都「上都」を、そして現在の北京市がある場所に「大都」を建設させた。
この2つの都市の間に小型の都市を点在させ、それぞれを物流・軍事・工芸などの拠点とさせた。
クビライの宮廷は、季節が移り変わるとともにこれらの都市から都市へと移動し、夏は主に「上都」に、冬は主に「大都」に滞在した。