永楽帝の最初の親征は西暦1410年に50万の兵力を動員して行われた。

50万だ。

皇帝が自ら遠征するのだから、臣下が率いる兵力より圧倒的に大きくなければ面子が立たない。

しかし50万人も出すとなると、補給は大変だ。

(80)で書いたように、まず水が要る。

食料も要る。

(80)では書かなかったが、燃料もいる。薪か石炭だ。

これらの補給を50万人分しなければならない。

50万人といっても、前線で戦闘する兵士ばかりではない。

50万人のうちのどのくらいなのか資料がないが、水と食料と燃料を運ぶ輜重部隊に相当な数が必要になる。

前線で戦闘する兵士だけでなく、こういった輜重部隊に所属する兵士たちも水と食料と燃料を消費する。

農耕民にとって草原地帯への遠征は、「農耕地帯から補給物資を前線に送り届けなければならない。その前線に補給物資を送り届ける輜重部隊にも補給物資を消費させながら」という活動を意味している。

(80)と(81)とここで書いたように、騎馬民は正反対だ。

家畜の乳が食料と水を兼ねている。その食料と水の供給源は、自力で歩いてくれる。

家畜の乳から作った(からからに乾いた)チーズは保存がきくので、戦場に携行できる。

最悪の場合、家畜の血を飲む。血も飲み水と食料を兼ねている。

炊事・暖房の燃料も家畜が供給してくれる。家畜の糞を彼らは拾い集めて火にくべる。草原地帯は乾燥しているので、騎馬民たちは糞をそのまま手で拾い火にくべている。

衣服や靴などの材料もかなりの程度家畜の皮革から採る。

動力付き補給装置を騎馬民は持っていることになる。

騎馬民、特に遊牧民にとって、どうしても(核家族の外部から)補給しなければならないものは、金属製品と茶葉くらいのものだ。

金属はベルトのバックルやナイフや鍋の材料だ。茶は、家畜の乳で煮出したりして飲む。遊牧民にとって茶はほとんど唯一の安定したビタミンC源で、これだけはどうしても農耕地帯から入手しなければならない農産物だ。

が、茶葉は保存がきくし軽い。あらかじめ貯えて戦場に携行すればよい。

騎馬民、特に遊牧民は身軽で、補給が簡単だということが言える。農耕民の軍事活動との差は大きい。

そういう集団と、50万の農耕民主体の集団とが、草原で戦ったらどうなるか。

1410年に始まり1424年まで続いた永楽帝の5回の遠征を見ていこう。