中世の日本とヨーロッパには、歴史上 "feudalism" と称される社会制度が登場した。

"Feudalism" は「封建制」と和訳される。この訳はやっかいだ。

漢語の「封建」は、周代(西周:BC770より前)のときに、周王族の血縁者などを華北の各地に「封じ」て、都市を運営させたことを元来指している。

19世紀にマルクス主義が資本主義より前の時代を押しなべて「封建時代」と認識してしまった。「古い考え、頭の固い考え方」をする人に対して「封建的だ」と言ったりするのは、この訳語の転用だろうと思う。

これらの「封建」と、ここで言う "feudalism" とは違う概念だ。

ここで言う "feudalism" とは、

・(もともとは土着の)土地所有者が

・その地域の領主として立法・行政・司法の権限を全て握って独立自営しており

・その独立自営の原則が法的に(成文法であろうが慣習法であろうが)認められている

という社会制度のことだ。

念のために述べておくと、「中国社会の超安定システム」の著者金・劉夫妻は、マルクス主義的な「封建」の定義を使っている。mattが上で述べていることを否定しているかというとそうではなく、金・劉夫妻は同書中で「西欧・日本の封建制と中国の封建制の違い」を述べている。一言で言うと、前者は割拠・分散社会で、後者は一体化社会・大一統社会だ、と述べている。

その違いは、ここでmattが書いているような(あるいはこれから書くような)ことだ。

1980年代前半の中共政権下で執筆した金・劉夫妻としては、マルクス主義に依拠しない論文は政治的に書けなかったのだろう。