副題: 商業振興・通貨(1)


モンゴル政権は商業を盛んにするべく様々な努力をした形跡がある。

すでに述べたように陸上・水上の交通網整備に力を入れた。

南宋を倒してからは、華中・華南の海港都市を手に入れ、海上交通へのアクセスも得た。貿易は盛んになった。

ムスリムの進出は著しかった。陸路からはイラン系の者たちが大勢東にやってきた。海路からはアラビア系の者がやってきた。モンゴル政権の官僚機構には彼らムスリムが多数抱え込まれた。

彼らムスリムを中心に、旧ウイグル遺民、漢人たちを仲間に引き込んだ「オルトク」と呼ばれた民間企業組織が多数活動した。商業活動は陸上海上を問わず盛んになった。

クビライ治下の元朝支配地域のみならず、西方のトルキスタン・イラン高原・アナトリア高原・メソポタミア・ヨーロッパロシアまで商業活動網が連続した。後の時代、西方のモンゴル諸政権と元朝との交流が安定してくるが、その時代になると特に盛んになった。

こうした経済活動を支える通貨制度において、モンゴル政権は当時としては先進的だった。