もう少し趣味に走らせてもらおう。
西夏の遺民は今日でも中国に存続している、という説がある。
四川省西部の山奥に「木雅族」と漢字で表記される少数民族がいる。「木雅」を北京語で発音すると「ムーヤー」となる。
実を言うと、タングト族は自らを「タングト」とは呼んでいなかったらしい。「ミ・ニャク」と自称していた。これは西夏文字の解読によってほぼ判明している。
で、「ムーヤー」は「ミ・ニャク」だというわけだ。
本当なのかどうかはよくわからない。しかし可能性がゼロかというと、そうでもない。
西夏王国にはいろいろな種族が混住していた。前述したようにチベット系っぽい「羌」もたくさんいた。そして「木雅」族は、チベット語に比較的近い言葉をしゃべっているらしい。
前回述べたように、西夏王国はモンゴルによって政権としては滅亡させられた。が、その遺民は別に滅ぼされたわけではなくその後も生き続け、一部はモンゴル政権の内部に入り込んでいる。
またモンゴル時代には、騎馬民・牧畜民が色々な場所に移住させられている。現在でも雲南省にモンゴル族が少数民族として住んでいる。元代に雲南に北から移住した人々の末裔だ。
もっと言うと、雲南省で契丹文字が発見されている。つまり、契丹人がここまで移住してきた可能性があるわけだ。契丹人の一部はモンゴル政権に参加しているから、こういうことがあっても別に不思議ではない。
こう考えてくると、「木雅族」が「西夏の民ミ・ニャクの末裔」だという可能性も否定できなくなる。
残念ながらこれ以上の考証は、まだ進んでいない。