⑫ | まちちのブログ

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所属は教域と言われるところで、たまに教区まで行きます。


教域は、課長。教区は部長みたいイメージです。


なので、家庭担当の人も、自分の教会では「家庭課長」ですが、


教区の教会の家庭担当は「家庭部長」と言われます。


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それで、教区に集合があった時のこと。


そこの教区長の説教で「イエスは当時、盲目の人や脚の不自由な人を


治しました。比喩表現ではないのです。メシアの業なのです」こう続けました。


「なぜ、文先生はそのようなことをしないのでしょうか。


ひとりの病気を治すと、世界中にうわさが広まり、キリがなく病気の人たちが集まって来るから、しないのです」


なんだそりゃ!?と思いましたね。(何回も言いますが、全てを受け入れようと信じたことはないので)


イエスだったら、そんな考えを持ちますか??無償の思いで、尽くすでしょうに。


いや、メシアでなくともナイチンゲール、マザーテレサもそうするでしょうに。


いやはや、もっと言えば善に生きる日本シックも、そうでしょうに。


シックじゃなくても、良心的な人はそうですよね。


高齢でいつ霊界に行くのも近いと言われる文さん、世界にメシアの再臨を伝えたいと本気で思うなら、もったいぶらずに奇跡を見せたらどうですか?


苦しんでる人がいるのを知っていて、なにもしようとしないメシアってなんだ・・・。


あとね、自分がそれくらい生きれるか、死ぬ日もわかっているらしいですが、


その日を公言しないのも怪しいぜぇ!