あなた様へ
題名は適当です
電話でいう前に文字にした方がいいかなと思って書きます。
ちなみにすぐ消します。
まあ、あの流れから言ったら実習は受けられなかったなと、思ってます。
そうすると卒業もできなくなり。。。
あとはりんのすけに対するうしろめたさや学生生活が失敗していたなら罪悪感もありますね。
こうなるとことは前々からわかっていました。あなたが精神福祉も道を歩んでいたのは一見すると、望んでやっていたように見えて実はりんのすけに対する羨望であったこと、それだけであることを。
なぜわかるかというと
「そういう人はあなたで2人目ということ」
今はいない架音さんという人も、私と会ってから急に心理学を学ぶため大学を受験すると言って周りを驚かせていました。ただ、あなたも架音さんもそれが実現できるだけの、学力があった。それで、ここまで来てしまった。そいうことです。
では逆にあなたは
人の立場に立っていろいろ想像したり、考えることができますか?
(自分のことを置いといて)ほかの人の力になったり、助けになりたいと思ったことはありますか?
まず、前提がおかしいのです。上の2つがあって福祉の道を選ぶならまだしも、そうでないメンタルヘルスの人が福祉士になることができないことくらいちょっと考えればわかることです。
では、どうして今まで言わなかったのか?
たぶん、あなたはそれを認めないでしょう。勝手に記憶を書き換えてしまうあなたにそのことを言っても認めないに違いないのです。それを認めるほど、あなたの自己愛、プライドは健全でも客観的に客体的に自分を認めるほどの人格は備わっていません。
でも、
「行き着くところまでいったら」
「どうしようもないところまで、すべて失敗して取り返しのつかないところまで行ったら」
そのとき、またお会いして「答え合わせ」できる時が来るかもしれない。私はその時を待っていました。もう少し早ければよかったのかもしれないけど、あともう少しで20代にさよならを言わないといけない、この時期を待つ必要があったと思っています。
ちなみに、私も短大に行って単位が全然取れなくて4年いっぱいまで行き退学して「社会に出る自信がない」中で専門学校に「心の準備期間」として通わせてもらって、それが重荷として罪悪感として10年以上自分の足かせとして残った経験があります。
だから、あなたの苦しみは同じじゃないけどわかる、つもりではいます。
では、次に私のこと、私の事情を書きます。
私もあなたにあったころは34歳くらいだったけど、あれから10年の時間が流れて今年で40台半ばになります。20台のあなたには想像もつかないでしょうが、40台になるといろいろ「意欲、やる気」がなくなってきます。昔のようにがつがつとモノや異性を求めるようなことはなくなりました。いろいろ簡単に折り合いとか諦めがつくようになりました。
でも、人生の半分、折り返しになってこれからのことを考えるようになりました。これからというのは端的に言えば「人生の週末が見えてきたようになって、いろいろ考える」ことです。糖尿病や老眼が始まり、自分が若くないということを実感させられます。
半分来て自分のこれまでの人生についていろいろ思い出して、自分なりに反省したりして振り返るようにもなりました。後悔や恥ずかしさもありますが、うれしかったことや楽しかったこともあったりしていろいろ複雑です。
あなたには「あなたが家にいるのが気まずくていたたまれなくなったらいつでも私のところに逃げてきなさい」という約束はまだ果たされていない、というか宙に浮いたままです。
それとも必要なくなったのでしょうか?
私はあなたに対して怒ったり、欲求不満になったりはしていません。愛情の定義は様々ですがキリスト教の愛は「許すこと」です。いえ、まず許しを請わなければいけないのは私かもしれません。
結局、私は今週の土曜日6/13に富山に行き、そして柏崎のえんま市に行くことにしましたが、あなたに会うことができれば良いと思っています。会わないでこのまま過ごすのも一つの選択肢かもしれませんが、あなたが私に対して「健全な卒業」をすることなく答えを得ることもなく終わってしまうのはあなたにとって良くないことだと考えています。
もう1度言いますが、あなたが福祉の道を選んだのは私に対する羨望が始まりです。私に合わなければ、ほかの人に羨望を持ち、まあ結局似たような結果になっていたかもしれませんが、早々に見捨てられていたことだと思います。姫路の学校に通っていた時も声優希望だったと思いますがその割には専門学校にも行かなかったし結局依存の強いところだけしかない人間だった印象があります。
でも、それでも私はあなたのことが好きです。愛しています。
まあ、こういう言葉遊びは今になってはあまり価値がありませんね。
私の望みはあなたのそばにいたいだけです。
この言葉をどう解釈するかはあなたの勝手ですが、私は純粋にそうしたいと思っています。
ではでは
そうそう、個々のブログの名前は「城崎ひなた」を無理やり英訳したものです。埼は適当なものがなかったから「岬」をあてました。それから、PlaystationPlusのアカウント名やゲームの主人公の名前で何も思いつかないときはとりあえず「ひなた」「Hinata」にしています。私にとってあなたは身近な存在なんです(笑
俺の心がこんなに強いはずはない
去年の12月15日にのど風邪を引き、いつもの通りにぜんそく気味になり落ち着いたのが2月の半ば。そこからパソコンが不安定になりようやく何もかも落ち着いたのが3月になってから。
本当に久しぶりにうつ状態になった。1月からどうもおかしいと思っていたけど、2月に入ると本格的にうつ状態になった。あまり明るい性格ではないので自分がうつ状態かどうかは自分でもはっきり分からないことが多い。意欲の減衰は大きなもので季節性+去年の5月からの頑張りすぎを考えると全治6ヶ月くらいかと思っていたけど、3ヶ月ではっきり復調の兆しが見えるようになり、当たり前のことだが弱い自分の受け入れとストレスとの付き合いにかなり慣れてきた感は大きい。
こころの調子が悪い時はネットは調べ物がほとんどでブログやメールもまったくしない。自分では閉塞期間とよんでいる。閉塞状態で自分の殻に閉じこもっている間はいいが、難しいのは回復の兆しが見えた時にそこから出る勇気である。疲れるのを恐れてはいけない、急にはしゃいで疲れてしまい元に戻ることを恐れてはいけない、疲れたら休めばいい。神は怠けるものには厳しいが働きすぎて疲れたものにはやさしい、然り。
ということで3/18に富山泊、3/19に新潟泊のいつものように2泊3日のドライブ旅行をしようと思う。福井まで行くと2日目の走行距離が500キロ近くになるので、今回はカノンへの対応はしないことにする。新潟出発は午後6時、正確に言えば柏崎の夕日が沈むのを見てから出発する。あまり遅くなると高速道路にタイヤチェーン規制がかかってしまうので、湯沢までは急いでいく。赤城を過ぎたら一服しよう。
では、次回から「旅順港閉塞作戦」開始