私の大好きな描写部分の文章をご紹介させて頂きます。
「彼にはちょうど誰か一番近くにいた兵隊が堅い棒か何かで力任せに彼の頭をなぐりつけたような気がした。それは少し痛かった。が主としては不愉快であった。と言うのはこの痛みが彼の気を気を散らして、自分の見たいことを見る妨げをしたからであった。(これはどうしたのだ?俺は倒れるのか?足が立たんぞ)彼はこう考えて仰向けに倒れてしまった。彼はフランス軍と砲兵達との争いがどうなったか、また赤毛の砲兵は殺されたかどうか、砲はろ獲されたか助かったかそれを見たいと思って目を開けた。しかし彼は何も見なかった。彼の上には高い空ー晴れ渡ってはいないが、でもやはり、はかり知れぬほどに高い空と、その面を静かに流れ行く灰色の雲のほか何も無かった。(何て静かで穏やかで荘厳なんだろう、俺が走っていたのとはまるで違う)とアンドレイ侯爵は考えた。(我々が走ったりわめいたり、戦っていたのとはまるで違う。あのフランス兵と砲兵とが互いに怒ったような、怯えたような顔をして洗棹を引っ張りあっていたのとはまるで違う。ーこの高い、無限の空を流れている雲はまるで違う。俺はどうしてこれまで、この高い空を見なかったのだろう?それにしても俺は何て幸せなんだろう。とうとうこの空を見つけたとは!そうだ!この無限の空以外はすべて空(くう)だ。全て偽りだ。この空以外には何も無いのだ。なんにも無いのだ。しかしそれさえ無いのだ。なんにもないのだ。静寂と平安以外には。ありがたいことだ!………。」  トルストイ「戦争と平和」第一巻第三編十六