自然にアドレスするということ | Mattのブログ

自然にアドレスするということ

プロのアドレス。特に片山晋呉のアドレスは見ていて本当に美しい。


何が美しいかというと、左右のバランスが良く、左打ちなのか右打ちなのかが

分からないところがそうなのかもしれない。


鏡を見ながら(体型や筋肉は違うけれど)真似をしてみると、結構近いところまでいける。


しかしボールを置いて「いざ打とう」として、構えた時に鏡を見ると、

あれ、こんなにいびつ?と思うくらい上半身がねじれ、肩のラインがかぶることが多い。

時々左ひざが前に出てくることもある。


ボールがあるとそれを打ちたいと思って、どんどん構えが崩れていくのだろう。


ゴルフとはボールを打ち、それを止めるスポーツとすると、

ボールを打とうとする気持ちは間違いじゃないのに、

なぜこうもいびつなアドレスになってくるのだろうか。


予防策としてはボールに対してクラブヘッドを合わせに行くアドレスではなく、

クラブヘッドやクラブの形状に意識してクラブをセットし、ボールはそのそばにある、

と意識してアドレスすることだろう。(あくまでクラブがナンバーワン)


「ボールはあるんだけどあんまり気にしない」が答えだろうか。


ここまで来ると、禅問答のようになり、「じゃあもうボールは打たなくていいんじゃないか」

「もう充分頑張ったよ、ありがとう」「うん、きれいなアドレスだった。」ということで終わってしまう。


アドレスすることがゴルフでは無いからだ。やはりスイングをして

イメージ通りボールを飛ばしたい。 その感覚はどこから生み出されるのか?


次項はそれについて言及したい。