アナウンサーの仕事が好きな理由のひとつが、知らない世界に触れられることだ。「なんだ、アナウンサーじゃなくても日進月歩、自分の世界を広げているぜ」という方も大勢いるが、のんべんだらりと暮らしがちな私にとって、仕事が未知の領域への扉となるのはもっけの幸いなのだ。
例えば、日々何度となく開閉している家のドア。私の中でドアは最初から完全な「ドア」として存在するものであり、それがどのように組み立てられているかを考えたことなど生まれてこのかた一度もなかった。初めて「ピボットヒンジ吊りの扉」と発音したのは、35歳を過ぎてから。日本サッシ協会、日本シヤッタードア協会関連の仕事をさせてもらい、建具の組立方法を解説する動画のナレーションを担当したときだった。ナレーションでは毎回、目新しい文字配列と字数の多さにアドレナリンが噴き出している。「扉上小口の表面板と上力骨、扉吊元側小口の表面板と吊元側力骨を小ねじで接合」という具合である。私のいる小世界ではお目にかかれない工程はとても興味深い。
初対面の言葉と次第に打ち解け、無事終了。録音スタジオを出ようとしたときだった。ドアノブを回そうとして気がつく。これはグレモンハンドルじゃないか、と。さっき原稿に出てきたばかりだ。これまで幾度となく目にし、入るときは無意識に回したただのドアの取っ手が、スタジオから出るときには名前と輪郭を持っている。世界はドア一枚で変わるのだ。これだから仕事はやめられない。

