レナの働く会社は、西新宿のオフィスビルの中にある。といっても大企業ではなく、小学校の教材などを扱う社員15人程度の中小企業。レナはその会社で経理を担当していた。
ある日のお昼休み、レナは自分のデスクで一人、自分で作った弁当を食べていた。すると、男性社員同士の何気ない会話が耳に入ってきた。

「カオリちゃん、いよいよ来月で退職だな」
「おい、やけに寂しそうじゃん。さては、おまえ…」
「バカ言うなよ!オレはただ、あの子結婚願望強かったから、三十路手前で相手見つかってよかったなって思っただけだよ」
「カオリちゃんも、晴れて寿退社かぁ!まぁ、女は30過ぎると婚期が遅れるって言うもんな」

男同士の何気ない会話を特に気にするわけでもなく、淡々と食事を続けるレナの耳に、強い口調で男性社員を制するカオリの声が飛び込んできた。

「シ~ッ!声が大きいわよ!」

カオリのその言葉は、男性社員に向けられた言葉ではなく、明らかに35歳のレナに向けられた言葉だとレナは感じた。カオリのその言葉がなければ聞き流すことが出来たのに、カオリのその気遣いの言葉こそレナの心を深くエグった。

「あ、あぁ…。おい、タバコ吸いにいこうぜ」
「おぉ…」

男性社員は空気を察したらしく、その二人とカオリはその場を立ち去った。その間、レナはただただ淡々と、自分の作った弁当を食べていた。しかし、心の中はチクチクしていた。
三人の姿が見えなくなるのをチラリと確認すると、レナは口に運びかけていたタコさんウィンナーを弁当箱に戻して蓋をした。

「結婚式、来てくれますよね?」

レナはふと、半年前にカオリに言われた言葉を思い出した。

「ええ、もちろんよ!おめでとうネ」

レナは自分があの時言った言葉を振り返りながら、今はそう思えていない自分が嫌になって、寂しい気持ちになった。