続・隣人のテレビの音が教えてくれたこと。力が抜けたら、現実が動きました(笑)
はじめましての方へ自己紹介 頑張りすぎて疲れていませんか? 力を抜いたら人生が動き始めた、そんなまっつんの日常こぼれ話を書いています。 2026年、本を出版します📖 こんにちは! まっつんです 今回のお話、ちょっと長くなります(笑)。 というのも、そもそもの始まりが「隣人のテレビの音が気になる」という、ものすごく日常的な出来事だったんです。 『隣人のテレビの音で眠れなかった夜に気づいたこと』 はじめましての方へ自己紹介 …ameblo.jp 『【続】隣人のテレビの音が教えてくれたこと〜「もっと快適に暮らしたい」が人を成長させる理由〜』 はじめましての方へ自己紹介 …ameblo.jp ところが、そこから自分の快適な暮らしについて考えたり、耳栓を探したり、住まいとの関係を考えたり。 さらには、 「自分がコントロールできないことに、私はどれだけ力を使っているんだろう?」 とか、 「もっとこうしたい、という願いって、自分を成長させてくれるんだな」 とか、 「力が抜けた時に、物事って動くことがあるんだな」 なんてところまで話が広がっていきました。 そして最後には、 まさかの展開が待っていました(笑)。 一見すると、ただの「隣人のテレビの音」の話です。 でも、こういう日常の小さな出来事って、実は人それぞれ違う気づきの入口になっているんじゃないかなと思うんです。 私の体験をそのまま真似する必要はありません。 「自分だったらどうだろう?」 「そういえば、私にも似たようなことがあるな」 「私が今、『もっとこうしたい』と思っていることって何だろう?」 そんなふうに、ご自身の生活に置き換えながら読んでいただけたら嬉しいです。 かなり長文になりますが、 まっつんの今回のドタバタ劇の中に、読んでくださっているあなた自身の気づきにつながるヒントが、どこか一つくらい転がっているかもしれません では、ここから始まります☕️ 以前の記事で、隣人のテレビの音が気になって眠れなかったことを書きました。 私はもともと、ちょっとした物音でも目が覚めるタイプ。 時計の秒針すら気になって、外してしまうくらいです(笑)。 だから、隣のテレビの音が気になるのは、 「気にしすぎなのかな?」 と思ったりもしました。 でも、 人によっては全然気にならないことでも、私は気になる。 じゃあ、どうしようか。 そこから私の「もっと快適に暮らしたい」が始まりました。 耳栓を調べたり、防音について調べたり。 いろんな情報を集めて、 「へぇ、こんなものがあるんだ!」 と、自分なりに対策していました。 そして、ついに私に合う耳栓にも出会いました。 テレビの音が聞こえる時には耳栓を使う。 聞こえない時は、そのまま過ごす。 そんなふうに、自分なりの付き合い方ができるようになってきたんです。 すると、ある頃から少し変化がありました。 相変わらずテレビの音は聞こえる。 でも、 「また聞こえてる!」 と毎回イライラする感じではなくなってきた。 「ああ、聞こえてるな」 くらい。 そして、 「まあ、耳栓使えばいいか」 くらいになってきた。 つまり私は、 隣人が変わらないと快適になれない状態から、自分で快適さを作れる状態へ移っていたんですよね。 これ、今振り返ると結構大きな変化だったなと思います。 「もっとこうしたい」が、人をたくましくする 今回、改めて思ったんです。 人って、 「もっとこうしたい」 という願いが湧いた時、ものすごくたくましくなるんですよね(笑)。 もっと快適にしたい。 もっと静かにしたい。 もっと気持ちよく眠りたい。 そう思ったら、 「じゃあ、どうしたらいいんだろう?」 と調べ始める。 知識を得る。 商品を探す。 実際に試してみる。 うまくいかなかったら、また別の方法を探す。 気づいたら、 願いが自分を動かしてくれている。 今回の私は、騒音という「自分が問題だと感じる出来事」があったからこそ、自分の快適さについて、ものすごく考えるようになりました。 そして、 「私はこういう環境が好きなんだ」 「こういう暮らしがしたいんだ」 という、自分自身のことまで分かってきた。 だから最近は、 願いって、単に「叶えるもの」じゃないのかもしれないなと思っています。 願いが、自分の中にあるものを引き出してくれる。 そんなこともあるんじゃないかな、と。 そして、ちょうど力が抜けてきた頃でした そんなふうに過ごしていたある日。 車でマンションに戻ってきたら、エントランスに引っ越し業者さんの車が停まっていました。 「あれ?誰か引っ越すのかな?」 と思ったんです。 私は自転車の空気を入れてから部屋に戻ろうと、少し時間が経ってからマンションの入り口の方へ歩いていました。 すると…… なんと! マンションの入り口から、 あのお隣さんが出てきたんです。 「こんにちは」 と挨拶したら、 お隣さんが、 「この度、引っ越すことになりました」って。 え? ……ええーーー!?(笑) 私は、 「そうですか」 と答えました。 今まで交流が一切なかったんです。 隣に住んでいることは知っていたけれど、ほとんど話したこともない。 そんな人と、いきなりばったり出会って、 「この度、引っ越すことになりました」 と言われて、 「今までテレビの音が聞こえてましたけど……」 なんて、言えませんから(笑)。 気の利いた言葉って、こんな時出ないものなんだな。ってあとから思いました だから、 「そうですか」 で十分だったんだと思います。 でも、ちょうど会えてよかった 後から考えると、 引っ越しの最中に私が帰ってきて、本当によかったな と思いました。 もし、もう少し帰宅する時間が違っていたら。 もし自転車の空気を入れず、そのまま部屋に戻っていたら。 もし引っ越しが全部終わってから帰ってきていたら。 きっと私は、 「あれ? 最近、おじいさんの車ずっと停まってないなぁ」 くらいに思っていたでしょう。 そして、何日かして、 「あ、引っ越したんだ」 と気づく。 それだけだったかもしれません。 でも今回は、 本人から直接、引っ越すことを聞くことができた。 なんだか不思議ですよね。 10年単位で住んでいた人と、数ヶ月の私 そのおじいさんは、かなり昔からこのマンションに住んでいた方だったようです。 おそらく10年単位。 私は数ヶ月前に引っ越してきたばかり。 つまり、 おじいさんにとっては、長年暮らしてきた場所。 私にとっては、まだ暮らし始めたばかりの場所。 壁一枚を挟んで、それぞれの人生を過ごしていたわけです。 私は、 「テレビの音が気になる隣人」 として、その方を認識していた。 でも、その方にはその方の長い暮らしがあった。 この部屋で何年も生活して、 テレビを見て、 毎日を過ごしてきた。 そんなことを考えると、 「隣のテレビの音」という一つの現象も、少し違って見えてきます。 もちろん、 気になるものは気になる(笑)。 そこは変わりません。 でも、 「私には私の快適さがあり、 あの人にはあの人の暮らしがあった」 と思えるようになった。 それも今回いただいた気づきの一つでした。 自分がコントロールできるところに戻る そして、今回の出来事から、自己啓発的な意味でも感じたことがあります。 最初の私は、 「隣の人のテレビの音をなんとかしてほしい」 と思っていました。 でも、隣人が何時にテレビを見るかは、私にはコントロールできません。 音量も、生活スタイルも、私が決めることではありません。 だったら、 私がコントロールできるところを快適にしていけばいい。 耳栓を使う。 部屋を整える。 自分が安心できる環境を作る。 そうやって、 「隣人が変わらないと私は快適になれない」 という状態から、 「私は私で快適にできる」 という状態に変わっていったんですよね。 そして、その頃から少しずつ、 力が抜けていった。 「まあ、これでいいか」 と思えるようになった。 力が抜けた時に、物事は動くのかもしれない そして、そのタイミングで、 隣人が引っ越す。 もちろん、 「私が引き寄せた!」 と断定するつもりはありません(笑)。 ただ、 「力が抜けた時に物事が動くって、こういうことなのかな」 という感覚は、ちょっとありました。 自分にできることはやる。 知識も得る。 行動もする。 でも、 「絶対こうならなきゃ!」 と握りしめない。 「今の私でも、まあ大丈夫」 と思えるところまでいく。 すると、 自分では動かしていないところで、物事が勝手に動くことがある。 今回の出来事は、そんなことを教えてくれたような気がします。 だから私は、 「願いを叶えるために、もっと力を入れなきゃ」 ではなく、 「自分にできることを楽しみながらやったら、あとはちょっと放っておこう」 くらいでいいのかもしれないなと思っています。 「もっとこうしたい」は、人生からの案内かもしれない これって、騒音の話だけじゃないですよね。 「もっとお金に余裕がほしい」 「もっと自由に働きたい」 「もっと心地よい人間関係を作りたい」 「もっと健康的に暮らしたい」 「もっと自分らしく生きたい」 そんな願いが湧いた時、 「今の自分には無理」 と諦めることもできる。 でも、 「じゃあ、どうしたら近づけるかな?」 と考えてみる。 調べる。 学ぶ。 試してみる。 すると、願いそのものが、自分を成長させてくれることがあります。 願いが叶うことだけが成功じゃなくて、 願いを持ったことで、自分の世界が広がっていくこと自体が、すでに豊かさなのかもしれません。 今回の私は、 「静かに眠りたい」 という小さな願いから、 自分の快適さについて知り、 住まいへの愛着を感じ、 自分がどういう環境を好むのかを知り、 そして、 「私は自分の快適さを自分で育てていいんだ」 というところまで来ました。 隣人が引っ越したことより、 もしかすると、こちらの方が大きな収穫なのかもしれません。 ご縁って、ずっと続くものだけじゃない そして最後に、 今日、おじいさんと直接会えたこと。 私は「そうですか」としか言えませんでしたけど(笑)。 それでも、なんとなく、 ひとつのご縁が静かに完了したような感じがしています。 10年単位でこのマンションに住んでいた人と、 数ヶ月前にやってきた私。 ほんの一時期だけ、隣人だった。 ほとんど交流はなかった。 でも、その人がいたことで、 私は自分の暮らしについて、たくさん考えることになった。 もしかしたら、人や出来事って、 自分の人生に必要な何かを置いて、 その役割を終えたら、次の場所へ移っていくこともあるのかもしれません。 そう考えると、 「テレビの音が気になった」という出来事も、 なんだかちょっと愛おしく思えてきます。 ……まあ、あの時は全然愛おしくなかったですけどね(笑)。 今、隣の部屋は静かになりました。 そして私は、この部屋でこれからも、 「もっとこうしたい」 と思ったことを、 一つずつ楽しみながら叶えていこうと思います。 自分にできることはやる。 自分の快適さを自分で育てる。 でも、全部をコントロールしようとはしない。 そして、時々ふっと力を抜いて、 「まあ、なるようになるか」 と笑っておく。 すると、 「あれ? なんか勝手に動いたんだけど(笑)」 ということが、人生にはあるのかもしれません。 隣人のテレビの音から始まった今回の出来事。 まさか最後に、 「力を抜くこと」と「自分の人生を自分で育てること」 を教えてもらうとは思いませんでした。 人生って、本当に面白いですね。 さて。 静かになった隣の部屋と、 これからの私の部屋。 今度はどんな暮らしを作っていこうかな。 そんなことを考えながら、 今日も自分の小さな城を、少しずつ育てていこうと思います ありがとう、さようなら👋 ☆☆☆ 今日もお立ち寄りいただき ありがとうございました♪ 皆さまの心が1ミリでも軽くなれば幸いです✨️ また会いましょう!Bye-Bye 初めましての方へおススメ記事 📖 まっつんを知る 子どもの頃のまっつん 被害妄想が炸裂していたあの頃 小学校で学んだこと 🌿 心が軽くなる 完璧主義を手放す魔法の口癖|『まぁいっか〜』でラクになる習慣 全ては笑い話 過ぎ去ってから見えるもの 🤝 人間関係 人間関係がラクになる人の共通点|"変な人"を引き寄せないコツ 言えなかった言葉 自分を愛するだけで現実が変わる理由