※聞きかじりや体感、憶測がほとんどですので、指摘してもらう前提で書いてます、鵜呑みにしないでね。


「神様にお願いごとをしたって願いは叶わないよ」なんていう人がいますよね、これって、半分は正解なんじゃないかと思うんですよ。
その理由は、2つあります。

1.無茶なお願いをしている
2.お参りの仕方が間違ってる

1に関しては言葉のとおりで、安産の神様に交通安全のお願いをしても神様からしたら「え?そんな力無いよ?」って話です。
こういうことを言い出す人は、どうも神様が全知全能だと勘違いしてるんですよね。
餅は餅屋と言うように、日本の神様は分野特化型ですから、お願い事に応じて応じてもらえそうな神様の所に行きましょう。

2に関しても、1と若干被るのですが、お願いの仕方がダメなのに、それで願いが叶わなかった!だから神様はいない!なんていい方をします。
でも、お参りの仕方が間違っていて、お願いが正常に神様に届いていなかった、と考える人は少ないようです。
しかし、お参りの仕方によっては100%とは言いませんが、より良い方向に持ってってもらえます。

■正しい神様へのお参り、お願いの仕方。

1)鳥居をくぐる時に一揖(いちゆう)
  他人の家に上がらせてもらう時は「お邪魔します」って言いますよね?そういうものです。
  結構そういうのに厳しい神様が多いので、ちゃんとしましょう。
  一揖とは胸の前に手を合わせて軽くお辞儀する感じです。
  ※揖は損(そん)じゃなく、損(そん)の貝が耳になってます。私も間違えてて「変換できない」とぼやいてました。

2)お手水で清める
  これは、玄関に入る前に靴の泥を落とすような物と考えればいいんじゃないでしょうか?

3)一揖して鈴を鳴らしてお賽銭を投入、二礼二拍手一礼一揖
  この順番は厳密に守らなくてもいいって神様もいれば、厳格な神様もいるそうです。
  深刻なお願い事ほど、きっちりしといた方がいいでしょうね。
  鈴を鳴らすのは神様への呼び鈴ですので、派手に鳴らしましょう。
  二拍手ですが、「私は素手である=丸腰で敵意は無いです」っていう意思表示なのだそうです。
  てっきり「今から願いごとを言いますね」って合図だと思ってました。

私はこれって、「これは礼儀作法として定着させた【神様にアクセスするために必要な手順儀式】なのでは?」と思ったんです。

TVゲーム「スーパーマリオ」のマリオはAボタンを押すとジャンプします。
でも、Aボタンを押した信号がゲーム機に伝わって、マリオのキャラクターをジャンプさせるプログラムが動き出し、ジャンプさせる、それをテレビに映し出す、というような過程を経てマリオがジャンプしてるんですけど、私たちはAボタンより先のゲーム機内の情報処理をを理解してなくても、Aボタンを押せばマリオをジャンプさせることができますよね?
というように、本当は複雑な神様にアクセスする方法が、神道の進化でより簡単になり、それを扱えるようになっているんじゃないのかなぁ?と思ったんですよ。
昔は神社にお参りするには三日三晩近くの川で身を清めなければいけなかったらしいんですけど、そういう大変だった部分を簡略化できるところを簡略化したり、省けるところは省いて今日の簡易な方法でも神様にアクセスできるようになった、神道関係者の弛まぬ努力の結果なんだ、と私は思うようにしています。
同様に、霊感の無い宮司さんやお坊さんでも儀式なんかをちゃんと履行できるのも「0感でもできる神道儀式マニュアル」なんてのが開発されたんじゃないだろうかと思うんですよね。

なので、お願い事が叶わないと思ってる人は、自分が押してるボタンがBボタンかもしれないと考えた方がいいかと思います。