先日、佐藤大分市長の定例記者会見で、豊予海峡ルートに関する調査の結果が公表されました。

 

内容としては、これまでの鉄道を前提とした場合のみでなく、道路として豊予海峡にトンネルを掘った場合でも、投資に見合う有益性が見込まれるという費用便益分析の結果が出たというものです。

これでまた、豊予海峡ルートの実現に向けて一歩前進することができたと思います。

 

ここまで一方的にお話しといてなんですが、みなさんは豊予海峡ルートというものをご存知ですか?

 

簡単に言えば、九州と四国を結ぶルートのことです。

九州と四国が最接近しているのが、大分県大分市と愛媛県伊方町です。

豊後の豊と伊予の予で、豊予海峡となるわけです。

その豊予海峡をトンネルや橋梁で結ぶという大プロジェクトがいわゆる豊予海峡ルートです。

 

このルートが実現すれば、大分から大阪までが480kmです。

もしもリニアモーターカーが整備されれば、1時間弱でつながることになります。

北九州、熊本、宮崎、松山の中心に大分市は位置していますので、港の活用なども図れば、物流なども含め、多くの面で大分にとってメリットの大きいプロジェクトなんです。

 

国全体にとっても、これまでよりも効率よく人や物が移動できることになりますし、災害などで山陽道が麻痺した際などの代替ルートとして機能することもできます。

 

 

そんな素敵な豊予海峡ルートですが、実現のためには多額の費用がかかるため、越えなければならないハードルが沢山あります。

 

ですが、その実現が大分のため、そして日本のためになると考えている僕は、大分市議会で積極的にこの課題を取り上げてきました。

 

実は、僕が議員になった頃は、社会状況などを勘案して、大分県も大分市もこの取り組みを凍結しているところでした。

そうした中で、5年前に僕がはじめてこの課題を議会で取り上げた際、僕の議員人生の中でもとても印象的なことが起こったので、議事録をもってそのことを紹介させていただきます。

 

 

〇1番(松木大輔)では、最後に、大分市の外部からのアクセスについて質問をさせていただきます。 
 先ほどから大分市の都市の規模や機能の拡大のお話をさせていただいておりますが、私は以前より、大分市の最大のウイークポイントは外部からのアクセスの悪さにあるのではないかと考えております。 
 このアクセスの問題を解決しない限り、外部から大分にやってくる人がふえることは難しいように思います。 
 そこで、質問です。先ほどからお話しさせていただいているとおり、大分市への外部からのアクセスの悪さは大きなウイークポイントであると考えますが、そのことに関する大分市の見解をお聞かせください。よろしくお願いします。 
○議長(板倉永紀) 佐藤企画部長。 
○企画部長(佐藤耕三) 本市が東九州の拠点都市としての役割を果たすために、九州各地の主要都市と人、物、情報等の連携を支える総合的な交通アクセス網を確立することは、極めて重要なことと認識しているところでございます。 
 特に、都市間連携を強化する広域交通体系の確立を目指す中で、本市の都市計画マスタープランに高規格道路網としての位置づけがある東九州自動車道の整備につきましては、喫緊の重要課題であることから、これまでも九州市長会や九州国道協会を通じて、国に要望活動を行う等、事業の進捗に向けた取り組みを進めてまいりました。 
 その結果、現時点におきまして、東九州自動車道の北九州市から宮崎市までの間につきましては、平成27年度中の全線開通の見込みとなったところでございます。 
 また、国道197号等の広域幹線道路につきましても、県への要望等を行う中で、広域都市連携ネットワークの形成に向けて、着々と整備が進められている状況となっております。 
 今後とも広域的な連携や本市の経済発展に資する道路体系の整備を促進するとともに、都市活動を円滑にする交通アクセス網の構築に向け、必要に応じて、国、県に要望を行う等、各種取り組みを推進してまいる所存でございます。 
○議長(板倉永紀) 松木議員。 
○1番(松木大輔) 御答弁ありがとうございます。 
 東九州自動車道の整備で、非常に便利になってくるのではないかなというようなことは感じました。しかし、多少早くなったからといって、劇的に交通の環境が変わるということはないように感じます。 
 それを踏まえて、大分は小さな平野を山に囲まれていて、陸だけを見渡せば、余り地の利という面では恵まれていないように私は思います。 
 しかし、海に目を向けると、地形上、大型の船舶を停留させやすいために、大規模な工場を誘致できた実績がありますし、四国との位置関係で見れば、大分市が九州で最も四国に近い都市であります。 
 ここまで話すと、私が何を言いたいかがおわかりになると思いますが、いわゆる豊予海峡ルートが実現すれば、大分への外部からのアクセスが飛躍的に向上するということです。 
 これまで大分市や旧佐賀関町、大分県と、地元自治体でも積極的に調査研究が行われてきた経緯がありますが、残念ながら、現在は棚上げ状態というのが実態であると私は把握しております。しかしながら、豊予海峡ルートの実現がなされれば、大分市は新しい九州の玄関口となりますので、都市の規模や機能の拡大のために、これ以上の材料はないように思います。 
 そこで、質問です。 
 豊予海峡ルートに対する大分市の基本姿勢をお聞かせください。 
○議長(板倉永紀) 佐藤企画部長。 
○企画部長(佐藤耕三) 豊予海峡ルートにつきましては、昭和44年に策定された国の新全国総合開発計画に、九州と四国を結ぶ連絡自動車道として初めて位置づけられ、本市では、平成5年に設立された太平洋新国土軸(豊予海峡ルート)推進大分県期成会に参加し、各種要望活動や関連事業への協力、さらには地元団体が主催する事業への支援等の取り組みを進めてきたところでございます。 
 その後、国におきましては、第5次全国総合開発計画を見直し、新たに国土の利用と保全を重視した成熟社会型の計画への転換を目指す国土形成計画を平成20年に策定したところでございます。この計画では、新しい国土像として多様な広域ブロックが自立的に発展する国土を構築し、実現に向けての戦略的な目標、各分野別施策の基本的方向等が示され、中でも海峡部を連絡するプロジェクトにつきましては、長期的視点から取り組む方針が示されたところでございます。 
 また、県におきましても、社会経済情勢や国、地方の厳しい財政状況を踏まえる中で、近い将来の実現は厳しいと判断し、長期的な取り組みへと見直しを行っております。 
 このため、本市におきましても、豊予海峡ルートの早期実現は厳しい状況にあると受けとめておりますが、今後とも国の動向を注視する中、県との連携を図ってまいりたいと考えております。 
○議長(板倉永紀) 松木議員。 
○1番(松木大輔) 答弁ありがとうございます。 
 国の動向を注視する中で、県との連携を図っていきたいということでございますけれども、佐賀関と合併して、大分市は名実ともに四国と一番近いということになったわけでございます。 
 そのことを踏まえると、まさにこの豊予海峡ルートに関して言えば、大分市は当事者であります。ですけれども、国の動向を注視する中で県と連携していくというのは、非常に消極的なように私は思います。 
 大分市は、市民協働のまちづくりというものを掲げております。これは、市民に能動的に、そして積極的に行政に参加してほしいということだと私は捉えておりますけれども、この場合、このことを考えると、我々大分市が豊予海峡ルートの当事者として、県、国に対して消極的な姿勢を見せるというのは、余りにも市民に求めるものと矛盾をしているように思います。 
 当事者である私たちは、もしも豊予海峡ルートが実現した場合、最も利益をいただけるはずですけれども、それならば、私たち自身が、たとえ困難な問題であっても積極的に取り組んでいく、そして粘り強く継続的に取り組んでいくことこそが必要なのではないかと私は思います。 
 例え話が好きなんですけれども、「青の洞門」という小説があります。お坊さんが岩をずっと砕いていってトンネルを掘ったという、そして、みんなは最初無理だと思っていたけれども、その後ろ姿に感銘を受けて一緒に掘っていって最後はそのトンネルが開通したと、そういう大変涙なくしては読めないすばらしい話でありますけれども、それと同じように、私たち大分市も積極的にこの問題には取り組んでいかないと思うわけです。 
 さっきのカジノの話題とちょっと形式的に似ていますけれども、以上の今の私の話を踏まえて、企画部長も、それでも今後、同じように消極的に取り組んでいかれるのかどうか、お話を聞かせてください。よろしくお願いします。 
○議長(板倉永紀) 釘宮市長。 
○市長(釘宮磐) 松木議員の大変思いのある御質問に対して、私がぜひ答えをさせていただきたいと、御答弁をさせていただきたいというふうに思います。 
 かつて私が県議会議員に所属しておりましたときに、当時の平松知事に、この豊予海峡に橋をかけたらどうかという話をしたことがございます。 
 かつて明治の時代に、本四架橋をかけたいという県会議員の方がおられて、その方がその構想を議会で話をしたときに、いささか笑いが出たそうでありますけれども、しかし、そういうものを政治家というのは夢を見ていくということは極めて大事なことだと、ましてや松木議員は大変若いわけでありますから、ぜひそういう思いを持って、これからも声を上げていただきたいと思いますし、このいわゆる豊予海峡ルートについては、これまで国のほうで、これを推進をするという方向にあったわけですけれども、国の財政状況等も含めて、これが見直されたということでありまして、そういう意味では、これをもう一度復活するというのは大変なエネルギーが要るとは思いますけれども、私も議員と同じ思いであります。 
 ぜひ大分市がその先頭に立って、この豊予海峡ルートを実現すべく、これからも声を上げていきたいというふうに思います。 
○議長(板倉永紀) 松木議員。 
○1番(松木大輔) 御答弁ありがとうございます。 
 市長みずから答弁をしていただくというサプライズがあって、政治の世界というのはこんなに粋なものなのかと今、感激しております。また、市長も豊予海峡ルートに対する熱い思いを持たれているということで、今後、明るい未来が見えてきたような気が私はいたします。 
 それにちなんでといいますか、これまで旧佐賀関町も含めて、盛んに愛媛との交流もしてきたと思います。そうした中でイベントやフォーラムといったものが開催されていったという実績がこれまであります。 
 今、そのルートは国道九四フェリーがつないでいる状況で、最近は利用者数がふえていると、つまり需要が高まっているという背景があると思うんですけれども、この背景には、やはり高速道路でしたりとか、その周辺道路の整備が行われてきた結果、先ほどの東九州自動車道の話もありましたけれども、そういったものが複雑に絡み合って、豊予海峡を通るのが便利だという人がふえたということであります。 
 いきなり橋をかけたり、トンネルを掘ったりということは非常に、市長もおっしゃったように、難しいことだと私も存じております。 
 今、愛媛との兼ね合いの話もしましたけれども、今後ますます需要を高めていくためには、その周辺の整備を、せっかく築いてきた信頼関係もありますので、お互いに進めていって、ますます豊予海峡の需要を高めていく必要があるというふうに私は思っております。 
 ですので、周辺道路の整備も積極的に取り組んでいただくということも踏まえて、豊予海峡ルートの実現に向けての取り組みをしていただくように強く要望をさせていただいて、私からの質問を終わらせていただきたいと思います。 
 どうもありがとうございました。 

 

 

ダメもとで駄々っ子再質問をしたところ、当時の釘宮市長が粋な答弁をしてくれたんです。

議会では、時にこういうドラマが起こったりします。

だから、仕事にやり甲斐があるし面白いです。

 

釘宮磐前市長からは、そのことを教えていただきました。

 

思えば、同じ高校出身ということもあって、磐さんは、会合で一緒になった際などによく声をかけてくださいました。

最近はお会いしていませんが、お元気でおられることをお祈りします。

そして、今さらながら、この場をお借りしてお礼を言いたいです。

磐さん、ありがとうございました。

 

 

ちなみに、この翌年から、大分市は豊予海峡ルート実現に向けた取り組みを再開し、現在の佐藤市長のもと、より積極的に推進しているところです。

 

意外と、大分県民、大分市民の中で、この豊予海峡ルートは浸透していないので、是非みなさんに知っていただきたいと思い、今回はこのお話をさせていただきました。

 

 

髪が伸びて野暮ったくなっている僕と、決して崩れないことでお馴染みの釘宮”磐石”ヘアーでキメている釘宮磐前大分市長の2ショット写真を披露させていただいて、今回の記事の結びといたします。

 

 

 

 

最後に一言・・・大分に元気とまつき!!