先週この生活5ヶ月目にして初めて気がついたことがひとつあります。



今まで使っていた食器用洗剤がボディソープだった・・・ということです。



今まで何の疑いもなく・・・まぁ強いて言うなら「なんて泡立ちの悪い洗剤だ!」とか「なんか油汚れの落ちが非常に悪いな・・・」とかは思った。

用途外使用のくせに言いたいことを言われ続けたボディソープよ。
こんな俺でもこれから俺の体の垢を落としてくれないだろうか。





相変わらず音楽は俺の生活を豊かにしてくれる。

今日People In The Boxのニューアルバムを買った。
聴き終わった今、SFのようなファンタジーのような、ひとつの素晴らしい映画を見終わったような感覚。
いや、深夜にやってるB級映画だけどやけに良い映画だったなぁ・・・みたいな感覚かな。





言葉はいつも感情に適わないなぁ。
ぼくの伝えたいことや感じてることは言葉ではストレートにきっと皆に伝わらないでいる。
だから皆に会いたいよ。

寒いより暑いが良い。
暑いのは我慢すればいいが寒いのは我慢できないからだ。
困った。




特別。スペシャル。
「特別」という言葉の守備範囲って広い。

誰より特別なものをたくさん持ってる自信があるワタクシ・・・
誰より特別なものを特別だと感じている自信があるワタクシ。
というか「特別」なんて思ったもん勝ちだと思うワタクシ。


「特別を定義してみてください」

「特別じゃないもの以外のもの」


世の中のもの全てが特別になることはない。
特別じゃないものが溢れているから、より特別は特別として輝きを放つ。
いかに特別でないものを手に入れるかで特別は磨かれるし幅が広がり数も増える。

時々の素晴らしい世界のために冴えない毎日は存在してくれる。
そしたらもう冴えない毎日でさえ特別な毎日。

ウォークマンのシャッフル機能のような人生に。そしてこの世界に・・・
特別と特別じゃない何かにまみれてさ。
何が本当の特別かを。
そしてその特別を特別として磨いていく方法を。




もっともっと研ぎ澄ましていける自信があるワタクシ。

本当は生きることはとても惨めで悲しくて苦しい。地獄だ。


ほんの少しでも楽しいと、素晴らしいとおもったらそれは100%あんたの力だ。やるね!チョーカッコイイよあんた。


みんなおはよう。

お昼ごはんは普段お弁当を食べている。
現場に配達してくれる「おっちゃんの弁当」だ。
ちなみに「おっちゃんの弁当」という名前の弁当ではない。
俺がただそう呼んでるだけ。

個人より法人向けの・・・、よくオフィスとかにまとまって届くようなああゆう弁当だ。わかるかな?


今日いつも弁当を持ってくるおっちゃんと現場で出くわした。

「お疲れ様ですー」

そんな他愛もないあいさつから世間話が始まった。

「最近ここの現場の注文の数が減ってるんだよね」

「え?そうなんですか?」

この現場は現場の作業員と、事務所の現場監督は別々に注文している。
話によると前者の作業員の方が最近、違う弁当屋の弁当に切り替えてるらしい。


「うちはみんな手作りで出来合いものなんてないし、味にはこだわって自信あるんだけどなぁ・・・」



確かにおっちゃんの弁当は美味しい。
俺は好きだ。



「僕は美味しく頂いてるんですけどねぇ。一人暮らしの身にしてみればお宅の手作り感のあるお弁当は本当に毎日の楽しみですよ?普段なかなか野菜もとれないし、そうだ、おかずなんか結構工夫して作ってますよね」



おっちゃんは何かを言おうとした。
厳密に言うと何か言おうとしたが涙をこらえるために言葉にならなかった。
「ありがとう。申し訳ない・・・」
と絞り出し、その場を去ろうとした。



「あのー!」



大声で呼び止めた。



「現場の人にも言っときますよ!勝手に他のとこ頼むなって」



おっちゃんは軽く会釈して去ってった。







競争社会において、どこを選ぶかなんて消費者の勝手だし、立派なポリシー掲げたって需要がなければただの頑固だ。

でも。

でも俺はそういうおっちゃんのこだわりが好きだ。
美味しいものを届けたいという気持ちが好きだ。
工夫があったりお弁当を美味しく食べてもらうためのこだわりが詰まっている。
おっちゃんが弁解しなくたって俺は知ってるよ。



お弁当を食べていたらおっちゃんの涙を思い出した。
美味しいお弁当を届けたいがなかなか報われないおっちゃんの心情を思うと胸が苦しくなって俺まで涙が出てきてしまった。


「おっちゃん・・・おっちゃんのせいで今日のご飯は塩が効きすぎてるよ・・・(;_;)」

a flood of circleのワンマンライブ。
月曜日。早く仕事を切り上げて渋谷に向いました。

間に合わないだろうと思ってたけど時間ちょうどに着きました。



★セトリ★

Quiz show
Human License
Chamelon Baby
エレクトリックストーン
ロシナンテ
Forest Walker
博士の異常な愛情
夜はけむり
308
フェルディナン・グリフォン・サーカス(新曲)
泥水のメロディー
シーガル
Buffalo Dance
プシケ
月に吠える
象のブルース

en
プリズム
ブラックバード

en2
Human License



フラッドはアルバム『泥水のメロディ』からのファン。
当時からライブ行ってるけど、下北のシェルターだっけかなぁ。あと新宿LOFTとかね。
あの小さい箱にむさい男が詰まってる汗臭い空間だった。
笑い飯の長髪の方を集めたような感じ。

俺がフラッドに引き込まれた理由。
それはタイトルにもある『泥水のメロディ』のネーミング通り、泥臭くて骨太なサウンド。ブルースを濃縮還元したようなギターリフ。そして体に纏わりつくようなボーカルの声。

一日中聴いてたらライブハウスに集う彼らのように髪とヒゲがボーボーになりそうな。
そんな音楽に引き込まれた。

今は失踪していないギターの岡庭君なんか和製オジーオズボーンの称号を与えたくなるようなギタリストだったね。
大好きだった。フラッドの象徴だった。
その岡庭君が去年いなくなってどうするのかと思いきや、フラッドは失速するどころか加速している。

メンバーが3人になってからの1枚目のアルバム『PARADOX PARADE』は椿屋の安高さんやバクホンの栄純さん、僕がリスペクトするFoZZtoneの竹尾さん等かなり豪華な面子を揃えた。
それはもう楽しみで仕方なかったんだけど、CDを手にとって聴いた時そこにフラッドの音をあまり感じなかった。
出来は素晴らしい。
豪華なギタリストを揃えただけあってかなり完成度の高いアルバムとなっている。

でもやっぱりブルースというよりどこかポップで腑に落ちないなぁってのが第一印象。
「それはそれで」と思った瞬間からすごく良いアルバムになったけどね。

去年奥村さんがサポートとして入ったライブ見たけど、そこに泥水のメロディは鳴ってなかった。(勝手な私の主観ですが・・・)
それはもう浄水器をつけて濾過された『水道水のメロディ』
喉越し最高!音が軽い軽い。
・・・・・・それじゃダメなんだ・・・
とかブツブツ考えたなぁあの時はさぁ。

んで今回『Human License』というシングルをひっさげてのワンマンライブ。
女子率高っけー!フラッドなのに良い匂いするんですけどー!とか思った。
少し寂しい。
サポートに曽根さんを迎えての新曲とライブ。

俺、曽根さん好きかもです!てか好きです。
ギターって、まぁどの楽器でももちろんのことなんだけど弾く人のクセっていうのがもろに出るのね、特にライブだと。
曽根さんが鳴らすギターの息吹はフラッドに良く合ってると思うんだ。
「ブルースの息づかいだぜ!Yeah!」と昨日叫びました。大絶叫!もちろん心の中で。

総括すると、フラッドの原点を感じるライブであり、またフラッドの未来を感じるライブでもあった。
あの場にいた俺、君ら、その他大勢はラッキーだ。


まぁ初期の匂いを知ってる人は賛否両論あると思う。
ただ岡庭さんがいなくなって立ち止まるどころかどんどんと曲を生産しリリースしてる今のフラッドを改めて応援したいなと思った。
a flood of circleの音楽を構成していた大切なものが欠けてしまってオリジナルメンバーは葛藤もあっただろうし、欠けたものを補うというのは非常に難しいこと。
進化の過程でファンはついたり離れたりするけど、ニューアルバムを引っさげてのツアーではきっと初期のファンも新規のファンも「うぉー」と唸らせる音楽を奏でてくれることを信じている。

梅雨が明けたらしい。

もうここ数日ずっと快晴。
気持ちが良い。


空が青い。

夏の街は輪郭がはっきりくっきりしてるね。
鮮やかだ。

僕は仕事中にも関わらず山の緑と空の青の境目に目を奪われてる。
境界線についてじ~っと考えてみる。
境界線ってどこに属しているんだろうね。

水平線・・・
海でもない空でもない。

地平線・・・
大地でもない空でもない。


「じゃあ君達はいったいどこ出身???」





小学校の美術の時間。
「隣の席の子と向かい合ってお互いの似顔絵を描きましょう」
僕は2Bの鉛筆で顔の輪郭を描き、次に鼻、目、口の輪郭をなぞり・・・
「あれ?」
描いてる途中に気づいた。
今、画用紙には白地に黒い鉛筆の線で女の子の顔のスケッチが描いてあるけど・・・・・・、よくその子の顔を見たら画用紙に描かれてるような黒い線なんて見当たらない。

さっきまで鉛筆で引いてた線を全て消し、白紙に肌色、赤色、黒色の色鉛筆で色塗りだけで仕上げた。
遠近感が全くなく、その所為で躍動感も全くなく・・・しかも鼻がない最低の絵になった・・・・・・





物の輪郭を黒い線にしてしまったことが正しいか正くないかっていうことはよくわからない。
でもそれだけ「境界線」とは存在が曖昧なもの。


そもそも「境界線」という名前を人間達が与えたけど、きっと境界線なんてあってないようなもの。
僕たちの目にははっきり君が見えるけど、実は存在しない幻なんでしょう?



じっと見てると吸い込まれそうになるよ。
考えれば考えるほど。



吸い込まれにいこうか。
地平線の向こうまで。
今いる現場に紫陽花が綺麗なんだ。
梅雨空によく似合うんだよ。
そしたら梅雨空もまんざらじゃないってな。
梅雨空に映える紫陽花ブルーは不景気に沈む日本に元気を与えたサムライブルーだ。
俺の心を元気にしておくれアジサイブルー!





そんな今日は色や光について少しお話しよう。


虹を見て解るように、太陽光線には様々な色が含まれている。

空が青く見えるのは大気が青以外の色を吸収し、青だけを弾いているからだとかなんとか・・・科学の授業でそんなんゆってた。
人の肌が肌色に見えるのも、太陽光線に含まれている肌色以外の光を肌が吸収し、肌色光線だけを弾いている為、肌色に見えるんだそうな。


多分。

全く同じ理由で全ての色は吸収されずに反射された、いわゆる「仲間外れの色」が人の目に映っている。


つまり、白い紙は白以外の色が好きで全部吸収するけれど、白だけは好きじゃない。だから弾く。
そう考えたら世の中の色彩は物体に嫌われた色だけで構成されているのかもしれない。
簡単に言ってしまえば、ものの本質は見かけによらない、とかそんな慣用句で収まる話だ。



感情論で言えば、好きな色のモノが本当はその色を嫌っているというのは寂しい事だ。

ジーンズを選ぶ時、色味を吟味して吟味しまくった挙げ句、一番お気に入りの色のジーンズを選ぶが、選ばれた彼はその色が嫌いかもしれない、というのは切ない。
良いじゃないか、お前のブルーは良い感じだよ、と言ってやりたい(笑)

黒いブーツなんかは強そうでハードな感じだが、奴が本当は黒を避けていると思うと少々ガッカリする。
本当はナイーヴなヤツなのかもしれない。

透明なガラスは、なんでも食える節操のないヤツなのか、それとも何かにつけてイライラしている思春期のガキみたいなヤツなのか・・・


あのアジサイのブルーも梅雨空ブルーにうんざりしたアジサイの心の表れなのかもしれない。
でも俺は好きだけどな、その色がさ。



世界は少し斜めから見てやるだけで全然面白いな。
いろんな表情を見せてくれる。

小さい頃に比べると目線は高くなったけどさ。
感じる心は昔のまま。
新鮮だと言えば聞こえは良いが、ほんとに子供なのかもしれない。

時々世界はとっても眩しい。
皆で見に行かないか?
好きなコトやヒトやモノってさ。
「なんで好きなの?」って聞かれても困るよね。

嫌いなものの理由ってだいたいはっきりしてんだ。
なのに好きなものになるとイマイチ理由は曖昧で不安になる。

でも理由が見つからないところに好きである理由があるような気がしてならない。
それを見つけようとして輪郭をなぞるけどあと一歩でボヤける。




けど最近はそれでいい。
好きなものに対して「なんかよくわからんけどとってもスキ!」でいいよなって思う。
混じりっ気なしの本能なんだなと思う。



理屈を超えた「めっちゃスキ!」って…



ステキやん?
今朝走馬灯のような夢を見た。
人生のダイジェストみたいな。

起きた時に「あ~俺今日死ぬかもしんない」なんて思った。



でも今こうやって日記書いてる・・・



死にたくないけど、なんかすごく残念な気持ち。
今までもこの人生、そう劇的な展開にはならなかった。
画に描いたように、筋書きがあるように。
そういう風にはできていない。



小さい頃。ほんと小さい頃。
僕は世界が自分中心に回ってると思った。
というより世界は自分の中にあると思っていた。
例えば僕が友達と会うとする。
その時だけ友達は現れ、「さよならまたね」ってしたらその人は次会う時まで世界から消えてしまってるもんだと思った。
人それぞれに人生があると気づいた時のあの不思議な感覚は今でもはっきり憶えている。
それと同時に、同じ時間でありながら僕が知らない時間を誰かが過ごしていると思うとすごく悲しくなった。
独占欲の強さはこの時に培ったのだろうか・・・

母親や父親にも子供時代があったと知った時なんかたまげたもんだ。
「えーー!パパとママも子供だったの???」
そう聞いたのを憶えてる。
パパは生まれた時からパパで、ママはママのまま生まれたんだと思ってた。
僕が存在する前から存在していたなんて何の冗談かと思った。

僕は子供として生まれて、ずっと未来も子供のまんまだと思った。
子供という種類の生き物だと思っていた。
それが今やいろんなとこに毛が生えた24歳社会人だ。

気づいてみれば平凡な人生を送ってる。
自分の人生を生きながら誰かの人生の脇役なんじゃないかと思うこともある。




現実を受け入れるという作業は子供の頃描いた世界を真っ黒に塗り潰す作業。
僕の心は真っ黒だ。
ひねくれた考え方はこのような成長過程で培ったのだろうか・・・


そんな人生でも今でもたまに、いや頻繁にちょっとした奇跡を願う。

塗り潰した世界の塗り潰しきれなかった小さな隙間を見つけてはそれに縋った。
そんな奇跡がひとつ消え、またひとつ・・・
綺麗に隙間なく塗り潰されていく。
こんなにも楽しい時間があるのにそれじゃ満たされない。


だから未来の画にはそれはそれは面白い世界を描いてしまう。
これから今までと同じように塗り潰すかもしれない画だけど。
まだまだこんなもんじゃないって思う。
映画のように劇的なやつを演じてみせたい。
楽しくても悲しくてもいい。
とびっきり劇的なやつを。
最期は降ってきた流れ星に当たって死ぬを希望。


エンドロールにはみんなの名前を載せよう。
スタンディングオベーションで幕が閉じるような立派な作品にしよう