明けましておめでとうございます。あっという間に2011年が過ぎ、2012年になってしまいました。2011年は、やはり震災につきます。アメリカで、日本の震災をニュースやWEBで見ると、色々と感受します。アメリカで、私にできることはしたつもりですが、現地ではまだまだ大変な状況には変わりないので、これからもタッチできることをしていきたいと思います。
 さて、書けないから書かないのか、書かないから書けないのか、ブログの更新がとんでもなく滞っておりました。理由を挙げればきりがない(そもそも日記を書く習慣がない、デジカメが文字通り水没して名もない川の藻屑と消えた、実験忙しい等々)ですが、新年を機に再開します。
 2012年のカウントダウンは、シカゴに行ってNAVY PIERでしてきました。NAVY PIERはミシガン湖の湖岸にあるお台場のようなところで、カウントダウンのためにシカゴ人たちが集まって、えらい混雑でした。
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日本の行く年くる年とちがい、あくまで陽気に、音楽ががんがんかかっている中で、カウントダウンが始まり、HAPPY NEW YEAR !! と同時に
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花火が上がります。
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上がります。
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花火は15分続き(アメリカでは標準的な時間)、質量ともに満足のいくものでした。やっぱりシカゴは、セントルイスと違って都会です。
 帰りは日系スーパーのMITSUWAに寄っておせちの具材を買って、14時で山頭火がスープ切れのためやってなかったのでかき揚げ丼を食べて帰ってきました。
 
 今年も宜しくお願い致します。
セントルイスには、アメリカの四大メジャースポーツのうち、バスケットボールを除いた、野球、アメリカンフットボール、アイスホッケーがあります。アイスホッケーのチームは、セントルイスがブルースの街であるために、セントルイスブルース(St.louis Blues)という名前です。ご多分にもれず結構弱くて、スタンレーカップの優勝歴もなく、現在もプレーオフ圏外です。ただ、ポール刈谷という、結構有名な日系二世がいたりして、それなりに存在感のある(イケメンが多いことでも有名らしい)チームです。
で、ナッシュビル・プレデターズとの対戦があったので、アイスホッケー初観戦をしてきました。
アイスホッケーを含めたウィンタースポーツは、アメリカではお金持ちのスポーツなので、我々以外の観客は白人ばかりでした。アメリカはやはり格差社会です。
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ハーフタイムショーでは、7歳までのセントルイスオールスターチームの対戦がありました。滑るのもおぼつかない、ちびっ子達がパックに群がり押し合いへしあいして、かわいいことこの上ないです。
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ゴールキーパーも、この頼りなさ。リンクに出てきた瞬間に勝手にこけてました。
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試合は、、第三ピリオドの途中まで2対1で勝っていましたが、そこから二点取られてあっけなく逆転負け、という弱いチームの典型的な負け方を喫しました。。
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アイスホッケーは、反則しても2分間リンクから追放されるだけで、またリンクに帰ってこられるという、反則することを前提とした珍しいスポーツです。そのため、敵を壁に激しくたたきつけたり、殴りあいありのとんでもなく野蛮なスポーツですが、それだけに迫力があり、観戦すると非常に楽しめます。正直言って、野球観戦より楽しいかも。というわけで、機会があればまた行くと思いますが、困るのがグッズの高さ。ブルジョア相手にしているだけあって、ジャージなんかも油断すれば200ドルを軽く超えてしまう事態で、みやげ物屋に入ったものの、なにも買えずに尻尾をまいて出てきました。。
メンフィスにはエルビスプレスリーが住んでいた家があり、Grace Landといって、アメリカでも人気の観光地です。実際、プレスリー好きの小泉元首相も、ブッシュ大統領に連れられて、この家にくるためだけに大統領専用機に乗って、メンフィスにやってきました。
駐車場から、彼が使っていた専用旅客機が見えます。2機持っていて、コンベアという当時国際線を飛んでいた旅客機に娘の名前をつけて、メンフィスから全米に、飛行機で移動していたそうです。
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すんでいた家は彼が26歳のときに買った物件で、家族と一緒に暮らしていました。正直言って、想像していたよりはるかに小さかったですね。当時のアメリカで飛ぶ鳥を落とす勢いだったにしては、今のハリウッドスターに比べても質素な感じです。やっぱり、南部の素朴な気質があるのでしょうか?
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ハウンドドッグのゴールドレコード。そのほか、Love me tenderやBlue Hawaii等のゴールドレコードが何十枚も飾られていました。グラミー賞のトロフィーなんかも棚に並べてありました。
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有名なピンクのキャデラック。母親に上げたそうですが、彼が一番気に入っていた車だそうです。しかし、派手な車で目立ちます。プレスリーのアイコンのひとつになっているようで、ピンクキャデラックのお土産が大量にありました。ちなみに、小泉首相が来たときは、博物館の外に出したそうです。
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プレスリーといったら、派手なステージ衣装ですが、当時のコンサートビデオとともに、展示されています。いくら70年代とはいえ、やっぱり派手ですねぇ。
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アメリカで、黒人霊歌から発生した音楽は、ニューオリンズから、ミシシッピー川をさかのぼり、メンフィス、セントルイス(セントルイスのアイスホッケーチームはセントルイス・ブルースといいます)にいたったときにブルースへと昇華し、シカゴにたどり着いて商業主義と結びついて世界に飛び出します。その中継地点のメンフィスで、黒人音楽と白人音楽を結びつけて、ロックンロールとして世に打ち出した、プレスリーの業績はアメリカ国内で非常に評価されていて、私たちが訪れた日も、入り口は長蛇の列でした。アメリカの一面を知った良い日でした。