退院が明日だ。やっとだった。なにかを成すとは、小さなことでも沢山の関係というか、病院関係者をはじめ、家族、会社など目に見える関係だけでも沢山あって、その関係者にお世話になるものだ。そして、目に見えない関係ならもっと沢山あると言っておこうか。いや、目の前には無いが関係はどこまでもつながっているのが関係というものだ。その関係も、あるときは鬱陶(うっとお)しく感じるが、慶事だと有り難く思うのだから人間とは勝手なものだ。さて、僕のことはさておき、フィギュアスケートで新たなスター選手が生まれた。よくあれだけ次から次へとスター選手が生まれることを思えば、本人たちの努力もさることながら、その関係者や、環境を作った方たちの努力も大きいと思う。また、スター選手が生まれることで沢山の夢や希望が生まれて感動につつまれるドラマが待っているのだから誰もが期待したり興奮をおぼえたりするところだ。さて、話は変わって季節の話をしたい。この間、外出したとき桜の葉がすでに紅葉していたのには、驚きではなく、もうこんなに季節が変わったのかと、少し怯(ひる)んでしまう自分がいた。なにせ7月から病棟の中だったのだから。と同時に桜が綺麗に紅葉していることに、なぜか桜にうらやましい気持ちになった。自分の人生に重ねて、自分も人生の終末に人生の紅葉があるだろうかと、そんなことを考えるのだ。こんな、詩を紹介してみたい。与謝蕪村(よさぶそん)の句だ。 紅葉(もみじ)してそれも散り行く(ちりゆく)桜かな 暦のうえでは秋を迎えたこの季節の趣を、桜の葉が他の樹木に先んじて色づき、そして、散る様子を描写した句だという。春の花が見事に咲き、散っていく姿を重ね合わせると、与えられた生(せい、いのち)を、ひたむきに全う(まっとう)する桜木のありように胸を打たれるという。さて、短いなりに長いなりに、その尊い命を生きたのだと見たい。新しいいのちが生まれては、また散って行く。ただ花だけが散るのではない。一本の木として全うしているいのちの輝きがあるのだ。そこのところを見つめたいのだ。僕もそんな年ごろだろうか?😀 - 前ページ
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退院が明日だ。やっとだった。なにかを成すとは、小さなことでも沢山の関係というか、病院関係者をはじめ、家族、会社など目に見える関係だけでも沢山あって、その関係者にお世話になるものだ。そして、目に見えない関係ならもっと沢山あると言っておこうか。いや、目の前には無いが関係はどこまでもつながっているのが関係というものだ。その関係も、あるときは鬱陶(うっとお)しく感じるが、慶事だと有り難く思うのだから人間とは勝手なものだ。さて、僕のことはさておき、フィギュアスケートで新たなスター選手が生まれた。よくあれだけ次から次へとスター選手が生まれることを思えば、本人たちの努力もさることながら、その関係者や、環境を作った方たちの努力も大きいと思う。また、スター選手が生まれることで沢山の夢や希望が生まれて感動につつまれるドラマが待っているのだから誰もが期待したり興奮をおぼえたりするところだ。さて、話は変わって季節の話をしたい。この間、外出したとき桜の葉がすでに紅葉していたのには、驚きではなく、もうこんなに季節が変わったのかと、少し怯(ひる)んでしまう自分がいた。なにせ7月から病棟の中だったのだから。と同時に桜が綺麗に紅葉していることに、なぜか桜にうらやましい気持ちになった。自分の人生に重ねて、自分も人生の終末に人生の紅葉があるだろうかと、そんなことを考えるのだ。こんな、詩を紹介してみたい。与謝蕪村(よさぶそん)の句だ。 紅葉(もみじ)してそれも散り行く(ちりゆく)桜かな 暦のうえでは秋を迎えたこの季節の趣を、桜の葉が他の樹木に先んじて色づき、そして、散る様子を描写した句だという。春の花が見事に咲き、散っていく姿を重ね合わせると、与えられた生(せい、いのち)を、ひたむきに全う(まっとう)する桜木のありように胸を打たれるという。さて、短いなりに長いなりに、その尊い命を生きたのだと見たい。新しいいのちが生まれては、また散って行く。ただ花だけが散るのではない。一本の木として全うしているいのちの輝きがあるのだ。そこのところを見つめたいのだ。僕もそんな年ごろだろうか?😀 