かわいそうって何だろうか。
さっき上の子が何かのCMで車椅子でテニスをする男性を見てかわいそう。と言った。妻は間髪入れず『可哀想とか言わない』と子供の発言を諫めた。私も何かを伝えないといけないと思い『〇〇・・・』と名前を呼んだが頭をどれだけ回転させても何を言えばいいのか分からなかった。妻と子供が寝付いて今このブログを書いているわけだが冷静になって考えてみても中々あの時に我が子になんと声をかけるべきだったのか正解が思いつかない。一瞬の出来事でそのCMの男性がどういった経緯で下肢が動かなくなったのかは分かり得ないが先天性の理由でも、事故などの後天的な理由でも私の主観から見て可哀想だと思ってしまう。それは能力の優劣で決め付けているわけではないという事を分かってほしい。ただ、本来あるはずだった可能性が失われたりその人の夢が失われてしまったりする事はどうしてもかわいそうと思ってしまう。障害を乗り越える姿が美しい、それは個性であるとか障がいがある方自身が仰られるのであれば共感できるものの周りの人間がむやみやたらに美化する風潮には辟易とするものがある。何でもかんでも綺麗に気持ちよくまとめようとするな。そんな風に感じる自分がいる。結局子供になんと伝えればいいのか分からないままだがきっと正解などないのだろうしかしながらこれから先も思考停止することなく考えていきたい。