今日は私の実母の話を少しさせてください。
今日は母の誕生日だ。
現在、母は独り暮らしをしている。
要介護1で、時折施設にショートスティに行ったりデイサービスを利用しながらも、なんとか自立して生活している。
父は3年前に膵臓がんで他界した。
私の両親はとても仲の良い夫婦だった。
父は真面目に働き、母は連日連夜、家族の為に食事を作り続けた。家の庭にはいつも母の手入れする季節の花が咲いていた。
私達姉妹が子供の頃は休日は家族で出かけるのが恒例だった。お互いいたわりあう両親を子供ながらに誇らしく思っていた。
私達姉妹が2人とも結婚し家を出てから両親は二人暮らしになった。年老いてからも仲むつまじく暮らしていた。2人で野菜を育てたり、旅行へ行ったりと人生を謳歌しているようだった。
父親に膵臓がんがみつかった。
その半年前くらいから具合が悪そうにしていたらしいが「年のせい」くらいに思っていたらしい。
癌と判明してからは、もう手のつけようがない程に全身に転移していた。
母はうろたえ正気をなくしたかのように泣きわめいた。かと思えば、塞ぎ込み私達が実感に行っても目も合わせようとしないときもあった。
母はそれから大量の癌に関する書籍を集め、食事療法を始めた。でも母の努力もむなしく癌とわかって一年後に父は永眠した。当時はコロナ渦もあって面会できたのは亡くなる3日前に15分だけだった。
それから母はどんどん壊れていった。
父の葬儀の時、母は全く涙を流さなかった。
私からすると自慢の母だったから、やはりこんな時にも気丈にふるまっているのかと思ってた。
でも、母はただただうつむいてるだけだった。
母は喪主の挨拶もできなかった。代わりに私が挨拶した。
四十九日が終わった頃に母がポツリとつぶやいた。
「おとうさん、帰ってこないね」
悲しみのあまりつい出た言葉かと思った。
一人暮らしになった母が心配でちょくちょく実家へ足をはこんだ。母が言う。
「もうそろそろ夕飯の時間やのに、まだお父さん帰ってこうへんわ。ほんま、どこで油売ってるんやろなあ」と。
そうは言う母でも、普段は普通に自立して生活し、目立った変化もなかった。母も連れ合いを亡くしたショックが大きすぎて一時的に混乱しているのかと思った。
私と母は、母娘、姉妹、友達のような仲の良い親子関係だった。(と勝手に思っている)
色々な相談事もし、その都度母は的確なアドバイスをしてくれた。そんな母がどんどん以前の母でなくなっていくのは見ていて辛かった。
先月、私の夫の癌がわかり母にそれとなく言ってみた。母は
「なんで❗癌て……。まだ若いのに……。」と心配してくれた。
実家から帰り際、母が
「○○ちゃん(私の夫)は最近会ってないけど元気にしてる⁉️また遊びに来てって伝えといて~」と明るく言った 。
私「あのなあ……○○ちゃんはなあ……」
母「どうしたん❓️何かあったん❓️」
やっぱりそうかと確信した。
本当は夫の癌治療、闘病の事も色々と母に相談したい。聞いてくれるだけで心休まるのに。
私はまだ親離れ出来ていないだけなのかもしれない。