個人的には全くそうは思っていない。

 

成人になった日本人が英語を学ぶというのには色々な困難が付きまとう。

私が大学院で得たささやかな知識と経験では、

 

英語ネイティブレベルで発音が出来るのは6歳前後まで、シンタックス(文章)に関しては15歳位までと教わった。正直言って、そして個人差はあれども、これは当てはまると感じて来ました。

 

29歳で初めて渡米した私。大学院へ進み、英会話もある程度こなしてきたつもりだが、ネイティブレベルへ至るまでの、聞いて、話す力を習得・収得するには絶対量に欠けていた。だから、個人的には’読み・理解する力’はそこそこネイティブ、嫌それ以上に訓練されて来たと思っているが、発音や流暢さに関してはやはり日本人訛りと思考工程やcode-switching’工程での戸惑い発話を払拭できない。

 

最初の渡米から殆ど30年が経っていても。。。なのです。

 

英語(読み・書き)を使用しての仕事に関して言えば、やはり大学受験での英語の知識は長期的に見れば役に立つと思う。勿論、これは個人的な経験から得た、あくまでも私の実感と見解。

 

例えば、日本でも育ちの良い人や教育を受けた人の書く文章や、立ち居振る舞い、それまでの生活習慣やレベルがその人の発話スタイル等で分かるように、例え訛りの酷い外国人でもその人の教育レベル、礼儀作法、育った・生活環境等、アメリカ人(通常我々が認識している範囲での)には分かってしまうと思う。

 

この時にキーとなる要素は、通常の会話に使用する語彙であったり、表現であったり、発音であったり、言い回し等であり、そういう要素・要因に応じて対峙する相手を’判断している・値定めている’と思う。そしてそれに応じた対応をする。

 

ネイティブ英語に拘る、または巷?の英語を知っている、または話せる事で自分の英語力を高めに評価する人には、正直言って少々こちらが恥ずかしい思いをする事もある。

 

かつてのキッシンジャー(古すぎ?)がそうであったように、酷い訛りでもロジックや、言いたい事が明白である優秀な人達は沢山入らっしゃった。

 

29歳で渡米し英語習得を目指した私としては、彼のような英語を話したいと切に思って来ましたした。