アホらは、自分らの信仰伝統を正当化しようと誤解を解くことで直接的な脅威として見せへんようにしてるけど、アホらの原理観がアホらだけの美学と映り、中には滑稽な愛国心や嫌韓へと脱線してまうもんが生じてまうねん。
様々な面から結局のところ直接的な競争相手と見なされやすく、かえって、敵対的姿勢がとられ、攻撃されてまうねん。
またこいつら自身の中途半端さから、天(ハナ任)が意図されるもんが生まれず、願ってらっしゃるもんからどんどん遠ざかる。結局、アホどもらは統一教同様、間違うたレガシーとなりさがっとんねん。
せやけど、アホらはそないな状況になりさがってるとは思うてへんから、統一教に対して、アホ丸出しにピーチクパーチクぬかしよる。
統一教徒は、統一教宗教組織を信仰生活の中心に据えて、摂理的使命に焦点をおかへんようになったけど、そこへアホらは、宗教などの団体が必要ないなったと言う。まぁ、言うなれば、ただ単にこいつらは組織の咎から外れただけで、おまえら自身も焦点をおいてへんやないかになってる。
One Family under God やっちゅうねん。この世界観は、人類が自由にハナ任と交流できる言うもんや。せやねんけど、こいつら、神様となれば宗教観になってまうねん。さすが、神国ニッポンやな!? これと言った宗教感覚やないけど、超宗教なれって、ズレまくっとんねん。
それに真父任は、訓読家庭教会摂理を始めるように指示されはったんやけど、摂理的目標に方向をアラインさせへん。読経念仏化しよる。
わけわからへんことだけに力を注ぎ、その結果、目標意識と使命感がズレまくっては、自分らの生存と共存の為の異様な形が形成されよる。
一体全体、摂理の方向とアラインできひん状態で、なにをどのようにしようとしてニッポンで生きとるんやろか?
ほんま、むちゃくちゃ深刻なことなんやけど、当の本人らは天国気分になってるからめでたい。
天国へ行ける思うてんねんやったら、はよ死んでや。

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