梅干飴は、和歌の専門家でもないし、今まで短歌に親しんできたわけでもありません。しかし、心情を表わすのは、俳句 よりは 短歌 かもしれないとは思います。


山口周三氏、立花 隆 氏らが、南原繁先生のことを最近本にしています。最近それを読みました。このブログにも、不十分ながら書きました。で、アマゾンの古本で入手したこの形相という題目の本は、南原先生が昭和11年から昭和20年までに詠んだ歌を纏めている、短歌集です。


でも、当世はやりのサラダなんとか、とか携帯短歌などという相聞歌の色彩は、全然ありません。当時の世相にたいする先生の考えとか、大学の中でのごたごたに対して先生自身がどのように処したか、どのような発言をし、それをどのように自分の中で振り返ったか、などが書かれているので、重々しい内容ばかりです。57577の韻律も、多くの場合に無視されています。


それこそ、河合栄次郎のことも歌に出てきます。


昭和16年12月の真珠湾攻撃に対して、多くの日本人が感激し、また作家たちですら大感激を日記に書いたりしていることは、加藤陽子先生の「それでも日本人は戦争を選んだ」に書かれていますが、南原先生は、それこそ、全く逆の心情であったことが書いてあります。ナチスの御用学者が日本に来て、東大で歓迎の夕食会があった時にも、出席を断ったことが短歌になっています。


昭和20年になって終戦工作を命をかけて東大教授がやったことは、知る人ぞ知る話です。南原先生はその中心人物でありました。そのあたりは、どのように短歌になっているか、非常に興味がありますが、まだそこまでは、読んでいません。